……8月3日(水) 8:00 リビング自室:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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忙しい中、窓ちゃんが佐々也の着替えに取り掛かろうとしてくれている。
「あ、じゃあ僕は背を向けて離れておく……」
そう言って僕はその場で背を向けて、入口の方に向けてひたすら歩いて行くことにした。着替えさせるのにそう時間も掛からないだろうから、まあまあ広いこの地下室から僕が出るまでの時間を待ってもらうのも現実的でない。
やちよちゃんも、こっちについて歩いて来た。
あの場に居ても僕ほどには差し障りにはならない、どころか手伝ってくれれば良いのにと思ったのだけど、僕に用があったらしく話しかけてきた。
「ねえ護治郎、佐々也ちゃん三日間寝たままって本当?」
例の厳しい目つきでやちよちゃんが僕に問いかけてきた。
圧が強いなと感じていたら、視線はすぐに和らいだ。
僕に向けた敵意、ということでは無かったのだろう。
「そうだよ。麻酔だって言うから、少なくとも薬が切れるまで寝てるって」
天宮に言われた事を要約して伝える。
「困るんだけど?」
「え? 困る?」
「そう。佐々也ちゃんが眠ったままだと、困るんだけど?」
他人が寝てて困るようなことあるか? と不審に感じたんだけど、すぐに思い当たることがあった。
「……なにか約束でもした?」
「約束? ……えーと。約束はしたっけな。して……るな。うん、佐々也ちゃんと約束があるんだ」
「そうか……。僕か窓ちゃんが替わりに約束のことをしてあげるんじゃ駄目かな?」
「佐々也ちゃんじゃないと駄目なんだよ……。困ったな……」
どんな約束なのか判らない。
やちよちゃんはかなり率直な性格の子みたいだから、こういう喋り方で言葉を濁すとなると、特段の事情で言わないようにしているとしか思えない。なにか理由があるのなら、もし聞き出すにしてもやり方を間違えると怒らせてしまう気がする。
「どうしよう……。困ったな……」
「護治郎くん、終わったよ」
やちよちゃんを隣に出口に向けて歩きながら悩んでいたら、窓ちゃんが駆け寄ってきてくれた。
呼んでくれたら僕の方から近づくのにと思ったけど、窓ちゃんは僕より全然フットワークが軽いし、なんなら足も速い。
「窓ちゃん。朝からありがとう」
「ううん、いいの。大変な時にお手伝いできて、私も嬉しい。でも、ごめん。もう行かなくちゃ。やちよちゃんも、また後でね」
窓ちゃんは一瞬だけ僕たちのそばで足を止めて、そのまま駆け去っていった。
さっきまで話しをしていたやちよちゃんと、その場で顔を見合わせる。
「どうする? 佐々也を見ていく? それともご飯にする?」
僕もそろそろ、お腹が減ったのが我慢できなくなってきた。
「え? ご飯? そうだ忘れてた。あとそうだ、護治郎。このこれ、借りたままでいいと思う?」
やちよちゃんに声をかけると、ぱっと表情が変わった。
話の後半,、これというのは携端のことらしい。
「佐々也のだっけ? 目的によると思うけど、何に使うの?」
「魁にメッセしたいの」
「魁ならまぁ……。借りたままでいいと思うけど、充電は大丈夫? ……っと、そういえば、魁と知り合いなの?」
「昨日会って、友だちになったんだ」
しばらくはやちよちゃんと話して、佐々也がいない今の状態で彼女をどうしてあげるのがいいかを考える必要がありそうだ。
魁のことも、そのついでに聞いたらいいだろう。
「天宮ー! ご飯食べたらまた来るからね―!」
返事がないのを分かっているけど、二人が居る場所と出口に向かう登り階段とのちょうど中間ぐらいとなる今の場所から大声でそう呼びかけて、僕たちも地下から上がって行った。
* * *
朝ご飯を調達するためにやちよちゃんと一緒にコンビニに行くことにした。
よく知らない子と二人で朝からコンビニに行くなんて、なんだか不思議な気分だ。
そもそも折瀬によく知らない子が居ることからして珍しいのに。
記憶によれば、確かやちよちゃんは東京の抗生教の巫女ということで、つまり結構偉い役目であるらしい。でも年齢は僕や佐々也よりも、ひとつかふたつ下に見える。
宗教団体のえらい人というのに対してどのような接し方をするのが適切なのかわからない。
まぁ、普通に接しておくしかないのだろう。
佐々也もそんな感じだったみたいだし。