……8月3日(水) 8:00 リビング自室:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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「甘いのがいい。それでシュワシュワしないの。どれかわからなくて……」
ん? 炭酸のことか?
見た目の割に幼い喋り方をするな、と思ったけど、そういえば東京の子だ。あそこは貧しい地域だったはずだ。もしかしたら、炭酸飲料なんかも身近じゃないのかもしれない。
「ぶどうジュースがあるけど、これでいい?」
「うん」
東京にもぶどうはあるんだな、と思ったけどそれは言わない。
透明のペットボトルに入ったぶどうジュースを取り出す。
「え? 飲み物なのに黒いの? 外のジュースは美味しいだろうと思ってたのに不味そう……」
割と遠慮のない人柄のようだ。
「ははは。じゃあ、ガラスのコップに入れてあげるよ」
ぶどうジュースをれたコップを渡して、光に透かして見てみるように言う。
「あっ、赤い!」
思ってもみなかったところに発見があるのは嬉しい。よくわかる。
佐々也はそういうことを見つけるのが巧いので、幼い頃から似たような言葉をよく聞かされてきた。
「ご飯は食べた?」
「食べてないけど……、佐々也ちゃんは? 一緒に食べると思うんだけど……」
「あっ、それはそうか!」
説明して大丈夫なんだっけ、と一瞬言い淀む。
あ、いや、やちよちゃんは幹侍郎のことを知ってるんだから、普通に話せばいいんだ。
だとしてもなんと説明すればいいのか……。
よくあるような話ではないので、純粋に説明が難しい。
「えーと、佐々也はなんと言えばいいのか……、寝てるんだ。しばらく起きないらしい」
「えっ? 地下で?」
「地下……なのはそうだけど、よく知ってるね。朝、見に行った?」
魁とも話をしたようだし、この子は何を知っているんだろうか。
佐々也が教えたわけではないのは確かだ。
寝るかどうか迫られたあと、佐々也には誰かに連絡する余裕なんてなかったのをこの目で見ている。
「あー、私は佐々也ちゃんの居場所がわかるんだ。能力で」
「え? 前に聞いた時は地球の意思って聞いたけど、佐々也と地球の意思になんの関係が……」
と、やちよちゃんと話をしているうちに呼び鈴が鳴った。
この時間なら窓ちゃんだ。防衛隊に行く……。
ここでふと嫌な感覚が背筋を走る。
あれ、僕、ここ数日、防衛隊はどうしてたっけ?
「なんの音?」
やちよちゃんが落ち着かなそうにキョロキョロしている。
「窓ちゃんが来たんだよ。ちょっと迎えに行ってくるから待っててね」
「白虎? 私も一緒に行く」
「ああそう」
一人で行くなら食堂を通るのだけど、やちよちゃんが来ると言うので誘導しやすい小ロビー側を通って玄関に向かう。
玄関が見えるところまで来ると、窓ちゃんは玄関扉を開けてすでに入ってきており、靴を脱いでる途中だった。
「白虎!」
その姿を見かけて、やちよちゃんが嬉しそうに声を掛ける。
「え? やちよちゃんと……、護治郎くん? 幹侍郎ちゃんの事、どうするか決まった?」
「あ、うん、それなんだけど、少し話が長くなりそうで……。それよりあの、僕って……防衛隊の研修サボってしまったよね……」
多分だけど、窓ちゃんは毎日誘いに来てくれていたはずだけど、僕にはその記憶もない。そこまで含めて申し訳ないと感じる。
「……ああ、良かった」
「良かった?」
「護治郎くん、昨日まではあんまり……。えっと、元気なかったから……。でも、様子が戻ってるから、悩み事が解決したんだと思って……」
窓ちゃんが、白い歯をこぼしながら、控え目に言葉を紡ぐ。
「あ、うん。悩む必要は無くなったよ。けど、解決はまだかも。でも、僕、そんなにおかしかった? あ、おかしいか。研修もサボったはずだし……」
「研修は、護治郎くんのお身内になにかあったらしくて手が離せないって伝えてある。だから、事情を説明したら平気だよ」
「あ、うん。ありがとう」
別に行きたいと思って行っている研修ではないので、嬉しいかと言われると微妙なところだけど、せっかく僕のために研修の手間を取ってくれた人に不義理になっていないならそれは良かった。
とはいえ身内もなにも、僕は天涯孤独なのだけど……。
「やちよちゃんも居るし、今日も休みだって言っておくね」
「お願いします。えーと、一段落したらまた防衛隊に連絡をいれるので、それまでは行けないと思うって伝えてくれると……」
「うん。そうするね」




