8月3日(水) 8:00 リビング自室:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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8月3日(水)
8:00
リビング自室
護治郎
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朝。
非常に気分の良い明晰な目覚め。
これだけはっきりと寝て起きたのはいつぶりだろうか。
携端で日付を確認すると、今日は8月3日。
最後に寝た事がはっきりしているのは、幹侍郎が目覚めてこなかった初日だ。それが確か7月29日。幹侍郎が目覚めて来ない事を心配する一日を送ったものの、最近は幹侍郎もよく眠るようだから、寝すぎたといって夜中にでも目を覚ますんじゃないか、翌朝目を覚ましたらまた幹侍郎に会えるんじゃないかと思いながらこの日は眠ったのだ。
翌日、けっきょく幹侍郎が起きてくることはなく、そこからはもう上手く眠れていない。いつ寝ていつ起きたのかもあまり憶えてないし、日付の境目がどこにあったのかもあまりよく分かってない。
どこかのタイミングで佐々也と天宮に連絡を取ろうとしたりしたはずだ。
具体的にいつ頃だったのかはまるで記憶にない。早い持期だったような気はするけど、何事も無かったら心配をかけてしまうのも心苦しいと感じて、少し待ったような記憶もある。窓ちゃん……も、来てくれていたはずだ。佐々也に連絡が取れないといって相談した記憶がある。
窓ちゃんはたぶん毎日来てくれていたはずだ。
特になにも、これというお構いもできず、だいぶ失礼な扱いになってしまっていたはずだ。ただそれすらももう、あんまり憶えていない。いつ寝たかいつ起きたか、いつどこで何を食べて何を飲んだかも記憶がない。
そして朦朧としていた昨日、天宮が現れて幹侍郎の電源について聞かされ、その後で生まれ変わりの話を教えてもらった。状態の良いスナップショットがあるから、問題なく復活できるだろうとも。
そして夜のうちに幹侍郎のことをお願いして、寝て起きて今だ。
長い夜が明けて、久しぶりに朝が来たような気分がしている。
気分だけじゃなくて、地下から出て朝日を浴びたのも同じだけ久しぶりだったかもしれない。
もしかしたらぼんやりと頭が働かないまま、朝日と呼べる時間帯に缶ジュースか何かを買いに行ったことぐらいはあったかもしれないけど……。
伸びをしたらお腹が鳴った。
時計を見ると、いまは朝の八時。
なにか食べるものはあったか、厨房に行ってみることにする。
買い置きの有無なんて、もう全部頭の中から抜けていってしまっている。
厨房では見知らぬ先客が冷蔵庫を覗いていて、ちょっと驚いた。
しかも女の子だ。いや、知らないことないな。
やちよちゃんだ。
佐々也の出てた番組でも見たあの子。
以前にメッセで話したこともあるけど、実物を見るのは初めてだ。
なんであの子がここに居るんだっけ? 佐々也といっしょに来たんだろうけど。いや、昨日の夕方、玄関のあたりで佐々也と一緒に居るところを見かけたな、そういえば。
「なにか探してる? 飲み物?」
飲み物のあたりを見ているようだったので、そう声を掛けた。
その子は僕が声を出したらすぐにこちらを向いて、驚いたような顔をしてる。
「護治郎? 昨日に比べたら、ずいぶんマシな感じになったね」
「あれ? 僕たち会ってたっけ? ごめん。記憶に無いや」
「あー、私が遠くから泣いてるのを見ただけ。あとカイから話を聞いた。護治郎はモテるんだってね?」
「モテる? まさか! モテるのは魁の方だ。まぁそれは良いよ。何を飲みたいか決まった? ……え? 野菜ジュースなんかあるのか……。買った覚えがない……。あ、佐々也のやつか。でも良いや、僕はとりあえずこれをもらおう」
やちよちゃんに話しかけながら、野菜ジュースを取って大きめのマグカップに注いで飲む。
「甘いのがいい。それでシュワシュワしないの。どれかわからなくて……」
ん? 炭酸のことか?
見た目の割に幼い喋り方をするな、と思ったけど、そういえば東京の子だ。あそこは貧しい地域だったはずだ。もしかしたら、炭酸飲料なんかも身近じゃないのかもしれない。




