……8月3日(水) 0:00 幹侍郎部屋:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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「え? この先まで全部終わらせて、幹侍郎ちゃんが目覚めるところまで行くつもりだけど?」
もちろん早く終わることに異議があるわけではないし、むしろ早ければ早いだけありがたいけど、いま聞かされた作業手順から考えると、天宮は膨大な量の仕事をたったの三日に詰め込むことになるんじゃないだろうか。
「そんなに無茶して天宮は大丈夫なの? 天宮が途中で倒れたりしたら、それはそれで元も子もないんだけど……」
「ありがとう。でもそれは大丈夫。私はそもそも元の想定ならここより億倍過酷な環境で生きていく予定だったから、三四日寝なくても当初想定より二千五百万倍から三千三百三十三万倍ぐらいは楽だから」
「……そこは律儀に億倍に計算合わせてくるんだな」
「いざとなったらサブプロセスが休憩したりもできるから、本当に心配要らないよ」
「休憩の方をサブプロセスがするのか……」
「律儀にツッコんでくるね。ダイモーンの休憩は情報整理と再構成再配置だから、部分的にはサブプロセスが分担できるんだ。どうしても必要な再生成があったとしても、それは後回しにできる」
順番にものを考えるクセをつけていると、発言の手前の段階になにが置いてあるかが見える場合がある。手前に置いてあるものが自分と違う場合に、話は突飛なものや面白い話のように聞こえてくる。そのズレが原因で話の意味が分からなくなってくる事があるので、僕の場合はそれを改めて可視化する材料として口に出している場合が多い。
結局はそれはツッコミなんだけど、楽しい会話のためにやっているわけではなくて自分の理解のためにやっている。
こういうところは佐々也に鍛えられた。
それで理解できたのは、佐々也も冗談は言うけど、冗談のつもりで言っているのは傍目から冗談に見えることの三分の一ぐらいだということだ。
ところが佐々也の場合は、愛想よくしているわけでもないのに発揮されている出所のよくわからない愛嬌のせいで、なんとなく何を言っても冗談に聞こえてしまうところがある。
他人とコミュニケーションを取るのが特に上手いわけでもなく、気まぐれで突飛なことばっかり言ってる佐々也が意外なぐらい嫌われもせず面白いぐらいの扱いをされて居るのはこの愛嬌のおかげではあると思うけど、変に面白いおかげで真面目な話をしていることに気づいてもらえない場合もそれなりに多い。
あらゆることに疑問を感じ続け、それを追って本人なりに真剣に考え続けている佐々也にとって、冗談だと思われてしまうことには不幸なところもあるだろう。
話が逸れた。
「ツッコミじゃなくて疑問点だよ。でもそれもだいたい解決したから、僕は佐々也の布団と枕を持ってくる。天宮も、なにか僕が持ってこれるもので必要なものはある?」
「んー、椅子かな? 座面が低くなくて背もたれがあって後ろに倒れないもの。座り心地は無視でいいよ。パイプ椅子とかそれぐらいのやつ」
「キャンバス生地のディレクターチェアがあったはずだけど、それでいい?」
「うん。立ってるのが面倒になった時に座る用だから、なんでもいい。立ちっぱなしだとバランス取るのに少し余力取られるからね」
「わかった。そうするよ」
それで、布団と枕、椅子を幹侍郎の部屋に持ち込み、地面に布団を引いて佐々也をソファから下ろして寝かせた。この季節、上掛けが軽くても平気だから助かった。
キャンパス生地の椅子はなんとなく二脚持ち込んだ。
椅子がほしい時、あともう一脚あればと感じることが多いような気がするからだ。それに多分、帆布のたわんだ椅子は幹侍郎も好きだろうという気がする。目覚めた時に置いてあれば、なにかの助けになるかもしれない。
小さい身体になれているのであれば、地下のこの部屋で幹侍郎のために椅子が必要になる見込みは薄いのかもしれないけど。




