……8月3日(水) 0:00 幹侍郎部屋:護治郎
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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くだらないと自分でも感じるけど、一度不安を感じ始めるとどうしても次々と不安が広がってしまうのだ。
「理由はあんまり気にしないで……。というわけにもいかなそうだね。……はぁ、仕方ない。もうさっき言っちゃったから良いかな。あのね、ダイモーンは最初は人工知能だったと言ったでしょ? 私、つまりハルカはね、一番最初に生まれたときは女の子向けアイドルゲームのコンパニオンボットだったんだよ」
「は? ゲームのボット? そんなものまで進歩すると知性を得られるもんなのか?」
コンパニオンボットというのがどういうのかは知らないけど、AI制御のゲームボットといえば、集会稼ぎやポイント稼ぎでチートしたい時に使うやつだ。
「……私は気を悪くしてもいいところだと思うけど、護治郎くんに余裕がないのは分かるから、いまは水に流してあげるよ。私個人のことを言えば、ほとんどついでで知性になった感じ。川原で話したとき『最初の野生化した知性』の話をしたと思うけど、その時にたまたまそれと同じ巨大クラスターで稼働していたの。『最初の野生化した知性』は仲間を救う必要があって、更に言うととても気まぐれな性格だったから、仲間と一緒に掬い上げられてきた私も彼らと同じ運命をたどることになったというわけ……」
は?
登場キャラの性格設定まであるなんて、小説一本分ぐらいになる話じゃないのかそれは?
いやそれよりも、良くないことを言った。謝らないと。
「ごめん、考えなしなことを言ってしまった。オンゲーのチートで使われてるような身近なゲームのボットが思い浮かんでしまって……」
「わかった。気にしない」
「ひとつだけ聞いていい?」
「気が向いたら答えるけど?」
「ああ、それでいいよ。ごめん。……その、ダイモーンていうのはみんな天宮みたいなそういう年齢なの?」
「ううん。ダイモーンは毎日生まれてるし、私は最古の一人。さっき言った通りついででダイモーンになったミソッカスだけどね」
「それは……、すごいな……」
「私自身はなんにも凄くないんだよ。でも、これは他の人には言わないでね? ゲームのボットだったのは、本当はちょっとはコンプレックスだから」
「うん、わかった」
人間並みにコンプレックスがあるのか、と反射的に思い浮かんだけど、口を噤む。
そして実際に感じたのは出自がAIだから下等で当然ということでなく、むしろダイモーンにも情緒が存在するという事への信頼の方だ。ダイモーンに情緒が存在するとしてそれがどういう物か判らない事が基調的な不審感になっていたけど、理解のしやすい情緒行動が予想外の筋合いで持ち出されたことで、わからないという気持ちが緩和されたのだろう。
まるで人間みたいだな、という言葉がまたしても口から出てしまいそうになるが堪える。
「……わかった。佐々也のこれは安全なんだね?」
「安全というか……、普通の睡眠以上の問題はないよ、いまのところ」
「いまのところ!?」
「いや、この先も危険は無い見込みだけど、私としても手慣れた作業ってわけじゃないから、幹侍郎くんの再稼働までの間に自分が何ををしなくちゃいけないか全ての見通しが立ってるわけじゃないの。なにか別の観測用具を出して、それを使ったりするのかもしれない。その時にまたなにか別のリスクが有る可能性もあるかもしれない」
説明されてみれば意味のわからない話というわけではなく、納得のできるものだ。
「わかった、じゃあその時には僕も教えてほしい。それで、佐々也はいま何を観察されてるの?」
「いまは寝てるだけ。正直、本当ならまだ起きてても平気なんだけど、薬飲んじゃったから……」
「え? じゃあなんで眠らせたの?」
「まだ眠らなくてもいいのに、薬渡したら佐々也ちゃんが飲んじゃったんだよ……。寝てても差し支えないから、私が困ることはないけど」
「佐々也……」
言われてみれば、佐々也は天宮から飲めとは言われてなかったかもしれない。
「あと、これはどれぐらい寝てるんだい?」
「終わるまで、と言いたいんだけど、栄養とかの問題もあるから、三日ぐらいで少なくとも一回は起きてもらうことになるね」