……8月2日(火) 23:00 神指邸
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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「私はさ、幹侍郎ちゃんが生まれた時にも何もしてないし気づきもしなかった。勉強を教えてるのもゴジだし、窓ちゃんがTOXと戦ってた時にも見てただけ、幹侍郎ちゃんが外に出られるところを探しに東京へ行っても何も探し出せず、結局はぞっちゃんとハルカちゃんと遊んでたみたいになっちゃった。本当に、本当にいままで幹侍郎ちゃんになにもしてあげられていないんだよ……。それが情けなくて悲しいんだ」
「佐々也がなんにもしてないなんてこと無いよ! 僕は佐々也には借りしか無いし、なにもお返しできてないのに」
「貸しなんてあるっけ? 前にユカちゃんにもそんなこと言われたけど、私は誰にも貸しなんて無いよ。代わりに借りも無いつもりでいるけどね。あ、いや、ユカちゃんには車で送ってもらった借りがあるんだった。……でも、ゴジには借りも貸しも無い」
「いや、でも……」
私が言っているのは(いままでそんな事を考えたことがなかったとしても)まったくの本心なんだけど、ゴジはまだ食い下がろうとする。
そこにハルカちゃんが言葉をかけてきた。
「……護治郎くんと佐々也ちゃんなら、サンプルには佐々也ちゃんのほうが好ましいよ……」
「そんな! 佐々也だってコンプレキシティが強かったり、TOXに狙われていたり、サンプルとしても普通じゃない可能性が強いだろ!」
「あんた……。ゴジまで私が普通じゃないなんて言うんだ……」
ゴジの言い草につい口から出てしまった。
言いながら自分で判ってるけど、ゴジが言ってるのはそういう意味じゃない。
「違う! そういう意味じゃない!」
ゴジが半分ぐらい泣きそうな、苦しそうな顔をしている。
いいやつなんだよ、ゴジは。
こんなに追い詰められちゃって可哀想に……。
「悪かった。そういう意味じゃないのは分かるよ。でも、他にも考えてほしいんだけど、幹侍郎ちゃんのことで誰かが何かを決めなきゃいけない時が、この後、検査中に眠ってる間にもあるかもしれないんだ。わかるでしょ? ゴジの役目はそっちなんだよ」
「それは……」
私の言葉でゴジの勢いが削がれる。
少しホッとしてもいるのかもしれない。
それはそうだ、私が観察される方が望ましいのは確かだし、ゴジは自分がなんで言い張ってるのかもよく分かってないんじゃないかという気がする。
「さっきまで、ゴジは心が混乱しててできないかもしれないと思って私がしっかりしなきゃいけないかと思ってたんだけど、いまハルカちゃんと話してるのを聞いたら私よりゴジの方が無駄のない判断ができそうだからね。……じゃあ、ハルカちゃん。どうすればいい?」
この場で反対しているのはゴジだけなので、もう有無を言わせずハルカちゃんと段取りに入る。
「これが薬。あとは必要な時に眠ってくれればこっちで勝手にやるから」
「眠ればいいんだよね? 途中で目が醒めたりしないかな?」
ハルカちゃんに渡されたカプセル剤をその場でぱっと飲み込む。
ここで時間をとると私の心の躊躇の時間が生まれるし、ゴジの金縛りが解けるかもしれない。だから、さっと飲んでしまうに限る。
「途中で目覚めないか? そこはこっちで頑張らせてもらうよ」
「そこを頑張れるんだ?」
「まぁ、こう、なんというか、人間を眠らせておくのは便利な技なので、ダイモーンにもそれなりにノウハウがあって……」
「恐ろしい話を聞かされた気がする……」
なんとなく苦笑いしながら、幹侍郎ちゃんの部屋に置かれた人間用のソファーに近づいていく。勉強のときに使っていた机椅子の近くにある。
ソファーで横になる姿勢となって、ハルカちゃんとゴジの方に顔を向ける。
「じゃあ、おや……」
すみ、と、言い終わる前に意識が途切れた。
最後に目に入ったのは、もはやこっちに意識を向けても居ないハルカちゃんと、この世の不安を全部集めたみたいな顔をしているゴジだった。
繊細で優しい子なのに、次々と不幸や悲しいことが降り掛かって可哀想だ。
小さい、まだ身長が同じぐらいだった頃、ゴジがかくれんぼの鬼になって、みんなが逃げていくのを見送っていた時の寂しげな姿を見てなんとなく胸を痛めていた時のことを思い出す。
よしよし、佐々也お姉ちゃんはちょっと眠るだけだから、そんなに心配しなくていいんだよ。
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8月2日(火)
23:59 〜
8月?日(?)
??:??
夢@佐々也
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夢。夢を見た。
遠い未来の夢。
背景は燐光を発さない暗い夜空。そこに点々が散らばっている。
夢の中の私はそれが星空だということを知っていた。
夢を見ている私は、これが星空なのかと思って感心している。
そんな星空を背にして、私はダイモーンになっているらしい。
夢の中の私は自分がダイモーンだということを知っていた。
夢を見ている私は、自分がダイモーンなのかと思って驚いている。
「ガイアのスナップショットとモックアップが完成したらしいよ」
みたいなことを私とハルカちゃんが喋っている、そんな夢だ。