……8月2日(火) 23:00 神指邸
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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ハルカちゃんが申し訳無さそうに答えるものの、ゴジはじれったそうにそう言って返す。
……。
……なるほど、そういうことか。
私はこの場所になんとなく付いて来たんだと思っていたけど、このためか。そういえば予兆も在った。いつもより美しく見えた夜の天蓋と草の海。映画とかだと心象風景とか呼ぶんだ、ああいうのは。
あれ? 草の海が紫色だと、どういう意味になるんだ?
まぁいいか。そういうのは話が進んだ後になってからわかる事が多いものだし、今はまだその時ではないのだろう。
眼の前ではふたりが揉めている雰囲気を出しているけど、私が自分の役目を理解したいま、これは必要のない揉め事だ。
でもさすがに心を決めるのに少し時間が要るので、仲裁せずにほっとく。
「それだと、幹侍郎ちゃんの再現に問題が出るかもしれないから……」
「脳内の伝達速度が変わっても問題じゃないって話なのに、どんな影響になるのか、影響があるのかないのかもわからない能力者のシナプスだと問題が起こるっていうのはおかしくないか?」
「既知の問題と未知の問題だから、そこは違うよ!」
「うん、天宮がそう言うならそうなんだろうな。でも仕方ないよ。やってみないことには判らない」
「速度というひとつのパラメータの問題じゃなくて、エミュレータのすべての再現性の問題だから」
「だからと言って、僕にだって脳のサンプルに当てなんて無いよ! 僕のしか無いんだから、僕の脳を観察するしかないだろ?」
どちらが言っていることも、まぁ正論だろう。
どちらがどれだけ確からしいのかは、私にはわからないけど。
こうして話を聞きながら心を静かに保とうと試みている。
確かに心は穏やかになったけど、別になにか決心ができたという感じはしない。
マンガとかアニメとかだと心を決める時には大抵は心を落ち着けていて、その後に心が決まるみたいなんだけど、どうにも上手く行かない。どうやら私に合ったやり方というわけではなさそうだ。
ただ、会話に参加せずに見ていると、分かることもある。
私が口を挟むなら、今がいいタイミングだ。
「じゃあ私の出番だね。私がそのサンプルをやるよ」
「は!? なんで佐々也が!」
私が申し出たところで、ゴジが見るからに狼狽した。
「私は能力者じゃないからね」
「でも危険かもしれない……」
「ハルカちゃんがああ言ってるんだから平気でしょ。他のことは信じて、そこだけ信じないってのもおかしな話だよ」
「……でも、佐々也にそこまでしてもらったら悪いよ」
「水臭いな。悪くなんてないよ。正直なところね、今日まで私は幹侍郎ちゃんのために本当になにもできなかったから、いまここでやっと出番が来てよかったと思ってるんだ」
決心がついてないとは思ってるんだけど、喋り始めるとそれらしい言葉はスラスラ出てくる。喋っている事も、心にもないことなんかではない。
客観的にはかなり決心ができてる。
けど、自分からなにかを決心した気はしていない。
なんだか、自分の心の外側で自分の心が決められていくような変な感覚だ。
「佐々也がしなきゃいけない理由も別にないだろ」
「私はさ、幹侍郎ちゃんが生まれた時にも何もしてないし気づきもしなかった。勉強を教えてるのもゴジだし、窓ちゃんがTOXと戦ってた時にも見てただけ、幹侍郎ちゃんが外に出られるところを探しに東京へ行っても何も探し出せず、結局はぞっちゃんとハルカちゃんと遊んでたみたいになっちゃった。本当に、本当にいままで幹侍郎ちゃんになにもしてあげられていないんだよ……。それが情けなくて悲しいんだ」
いままで自分がそんなこと思ってるなんて気づかなかったけど、どうやらこれも私の本心らしい。口に出すまで自分で自分の本心を知らないなんてこともあるもんなんだね。




