8月2日(火) 23:00 神指邸
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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8月2日(火)
23:00
神指邸
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両親には泊まって行けと言われたけど、友達も来ているからと本当の理由を言ってゴジの家に戻る。
深夜と言って良い十一時。
夜の闇の中を出歩くことに抵抗はあるけど別に危険だとは感じられない。今日は特にそうだ。どうしてか分からないけど。
ということで、大回り沿いでなくて直登コースでゴジの家に帰る。
なんだかそういう気分の日なんだろう。
ほの青く夜の色に光るダイソン球の天蓋と、その光を受けて紫色に暗くざわめく草の海。空気からは暑気が抜け、少し標高が高いから肌寒いぐらいの気配はあるものの風が少ないから寒いとは感じない。
いろいろなものがちょうどよくて、夜歩くのも意外と楽しいなと感じながら、庭を抜けて玄関に向かう。
単純に気分が変わりやすいのか、ハルカちゃんの言う脳内物質の調子が良いのか、何もかもが良いものに見えて良いと感じるこういうことが時々ある。
いつもは朝が多い。この前は朝だった。
どこだっけ?
そうだ、池袋だった。
また明日には夜の散歩を今日ほど楽しめないと思うけど、本当の世界はこっちで、いつもはこれを見れないだけだという気がしている。
玄関のドアを開ける。
室内はいつもと同じ。
いつもより綺麗と感じる景色は少し惜しいけど、いつもと同じが悪いってわけじゃない。友だちが居るのだっていつもの世界なんだから。
少し浮ついている自覚があったので、近い方の玄関ホールの階段で二階に上がるのではなくて、奥の厨房横の階段から上がろうと思った。危ない作りになっているとか、手すりが低いとかではないんだけど、開放的な作りになっている玄関ホールの階段だとなんとなく落っこちそうな気がしたからだ。
奥の階段は踊り場までは格子、踊り場より上は左右壁なので開放感が無くて気分的に安心感がある。普段なら狭くて嫌だと感じる日の方が多いんだけど、今日の気分だと階段が狭いとかそういうのは気にならない。
玄関から食堂……じゃなかった会議室脇の小ロビーの横を通り、奥の階段に向かう。すると廊下の突き当りにある穴の部屋に、ゴジが入っていくのが見えた。この時間、ゴジはハルカちゃんとなにかの話があるのだろう。
なにを話すのか気になるので私も付いていくことにする。
元々けっこう離れていたから、急ぎ目に後を追ったけど、ゴジに追いついたのは地下の通路にに入ってから。
「うわ、びっくりした。佐々也か。遠くから声かけてくれたら待ったのに」
「そう言えばそうだ。声を掛けたら良かったのか……。もう少しで追いつくと思いながら追ってたんだけど、意外と追いつかなかったんだよ……」
「足の長さが違うよね」
こ……こいつめー、と癪に障ったけど、まぁ事実ではある。
だから呼べと言われたんだし、呼んだら待ってくれただろう。癪には障ったけど、文句をつけるところが無い。
だからしれっと次の話題に移る。
「ハルカちゃんのところに行くの? 何の話?」
「うん天宮のところ。幹侍郎の話だよ、もちろん」
「私も行く」
「そうだね。……一緒に聞いてもらえると助かるよ」
長い話になるのかも、という気がする。
やちよちゃんは……。
……まぁ、平気だろう。
問題があるとしてもたまが寝不足になるぐらいだけど、夏休み中だし。
「小さくなって生まれ変わりの方をお願いしたい」
連れ立って地下のハルカちゃんのところに行き、早速ゴジが切り出した。
言いたければ言うだろうと思ってなにを話すのかは道中でも聞かなかったのだけど、思ってたよりだいぶ単刀直入な切り出し方だった。
ゴジの依頼を受けて、ハルカちゃんは慌てず騒がず頷いた。