8月2日(火) 18:30 神指邸前庭
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
━━━━━━━━━━
8月2日(火)
18:30
神指邸前庭
━━━━━━━━━━
地下から戻る通路にはやちよちゃんは居なかった。
家の中で名前を呼ばわってやちよちゃんを探すけれど、ここにも居なかった。
あれ、これはもしかしたら外に出ちゃったか。
そろそろ夕方になってきた。
夏の日は長いとは言え、山の陽は落ちるのも早い。
探すならば急いだ方がいいんだろう。
焦りながら靴を履いて玄関を出る。
荒れ放題の庭の方に向けて、「やちよちゃーん」と声を掛ける。
すると、「呼んだ?」と門の方からやちよちゃんが顔を出した。
「あっ、やちよちゃん! ずっとそこに居た?」
「ううん。イルカに会ってきて、いま帰ったとこ」
「イルカ? 叡一くん?」
「うん、エイイチ。そう言ってた」
「はー。そっか、良かった。迷子にでもなるんじゃないかと思って心配したよ」
「迷子に? ならないならない。地球上に居る限り、私は大丈夫」
ははは、とやちよちゃんは笑っている。
能力なのだろうか。そうかもしれない。
「そうなの!? そりゃ便利だなぁ……。えーと、叡一くんには会えたんだっけ? よく会えたね」
「うん。魁に言って会わせてもらった」
「カイ……。え? たまに会ったの? どこで?」
「たま? 魁のこと?」
やちよちゃんがなんとなく不満気な顔で聞き返してきた。
「うん、まぁ私はそう呼んでるんだ」
「そうなの? まぁいいや。魁とは川で会った。転んだら笑われた」
「人が転んでるところ見て笑うようなやつじゃないと思うんだけど……」
「お腹抱えて笑ってたよ……。見知らぬ子が川で遊んでるから、事故が起きたら危ないと思って見張ってくれてたんだって。そうしたら案の定転んで慌てたけど、すぐ起き上がったから笑ったんだって言ってた」
そう言いながらやちよちゃんは嬉しそうにしている。
私がそんなことで笑われたら憤懣やるかたない所なのだが……。いや、転んだ自分に呆れて憂鬱になるかな?
でも、やちよちゃんはどちらとも違うようだ。
「事故がないように見張ってたっていうなら、たまらしいような気もする」
「その後で村の中を案内してもらった」
「案内? そんなこと言っても、見るところなんて無いと思うけど」
「お稲荷さんとか、お店とか、学校とか見せてもらったよ。普通の家の形でお店をやってるところもあるんだね」
これはなんの話を聞かされてるんだ?
やちよちゃんは嬉しそうに話してるし、こっちから言いたいことも特に無いから話を遮るほどでもないんだけど。
「お店ではお菓子とジュースを買ってもらった」
「お、よかったね。お礼は言った?」
「言ったよ。ありがとうって。そうしたら、どういたしましてだって」
「ああ、うん」
叡一くんに会いに行ったといっていたのに、魁の話がやたら多いし、話の中身も薄い。
これはやちよちゃんの方もそういう感じか?
たまはモテるんだよな昔から……。
決まった恋人とかはあんまりできるようではないんだけど。
「で、たまと一緒に叡一くんと会った感じ?」
「ううん。イルカに会わせてもらったところで魁とはお別れした。ちょっと無茶な話もしなきゃいけなかったから」
「無茶な話?」
「佐々也ちゃんのことだよ。イルカは空飛べるって聞いたから、一緒に東京に帰るときに乗せて行ってって」
「はぁ? 叡一くんってそんなことできるの?」
「できないって言ってたけど、それは嘘」
やちよちゃんはなぜか自信満々だ。
まぁ、やちよちゃん特有の「地球が知っている」からなんだろうけど。
「そうなの? あ、いや、一回家に入ろう」
* * *
やちよちゃんを探して、立ち話をして、私が外に出ていた時間は五分ぐらいだろうか。
中に戻ると、ゴジと窓ちゃんが地下から上がってきたところだった。
やちよちゃんを見つけたことを二人に伝えて、晩ごはんにすることにした。
とはいえ急に旅行から帰ってきた感じで、私とやちよちゃんは用意がないので、コンビニにお弁当を買いに行くことにした。
せっかくなのでやちよちゃんと一緒に行こう。




