……８月２日（火） １７：４５ 幹侍郎の部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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えーと？ と、ハルカちゃんの言葉を咀嚼していたら、ゴジがじれったそうに口を挟んできた。
「いいよ別に砂粒のことは……。つまりハードウェアの形とか構成部品とかはともかく、知性というのは出力の全体であって、その出力の全体が同じなら知性が生き続けてることになるってことを言ってるんだよな？」
い、いや、そうだよな。
話を途中で千切られたけど、これは私のほうが悪い。
幹侍郎ちゃんの話からはだいぶ横道に逸れてる。
ゴジにしてみればじれったかったはずだ。
むしろ今までよく我慢してくれてたよ……。
「正確には『私には知性が生き続けてるように見える』ぐらいかな。君達からどう見えるかは、君達が決めてよ」
この『私』はハルカちゃんの種族であるダイモーンのことだから……。
私が考えてる最中にもゴジは次の言葉を口に出して話を続ける。
展開が早すぎて、等速でついていけない……。
「うん、それが公平だろうな。……参考までに聞くけど、幹侍郎のスナップショットってどれぐらいの精度なの？ 天宮たちの世界で人間にそれをしたら復活させることができるぐらい？」
「わからない。人間のスキャニングと再構築は人間がやることで、私達ダイモーンは手を出さないのが通例になってるから。とはいえ、私達の世界の人間たちはそういう蘇りをしているし、幹侍郎ちゃんのスナップショットは生物人間のスナップショットより精度が高いはずだよ。生物人間は物理状態の変化が早くて一瞬の完璧なスナップショットって作れないけど、幹侍郎ちゃんは材質が違うから電力停止状態での完全なものが作成できている」
「それは久しぶりに聞いた朗報だ」
私にはゴジとハルカちゃんの話がピンと来ない。
まずは変換の妥当性を検討しなければいけないはず。
つまり幹侍郎ちゃんがそれで本当に生き返ることになるのかという根本的な問題の答えを出さないといけないはずなのに、そこを飛ばして精度を問題にして意味があるんだろうか。
困惑して窓ちゃんを見ると、窓ちゃんは潤んだ目でゴジの方をぼんやりと見ている。きっと惚れ直しているんだろう。その気持に同意するかと言えばそうでもないけど、現象として分からないかと言えば分からなくはない。
この世で最も親しい友人二人の間で、私にはついぞ訪れたことのない精神状態での交流を目撃して、なんとなく世界から置いてけぼりになってしまったような気持ちになってきた。
仲間はずれの気分。
いや二人が私を仲間はずれにしたりにことは分かってる。どちらかといえば、世界全体の多くの人たちと同じ精神状態になれない私の側の問題だ。私は長距離走でもダントツで遅いんだけど、そういう時と同じ気分だ。
とつぜん訪れた感傷に私が浸っている間にも、会話は先に進んでいる。
「ありがとう、天宮。少し考えたいんだ。明日まで時間をもらってもいいかな？」
「私はいいけど、スナップショットがあるから明日と言わずもっと後でもいいよ」
「元の大きさの幹侍郎の方をなんとか手当してもらいたかった場合、そっちは時間が関係してくるから、自分としての結論は早い方がいいと思ってさ」
「ああ、そういうこと……。わかった。私の方も、明日の朝までに幹侍郎ちゃんの元の体の再稼働計画を詰めておくよ」
「うん。ありがとう」
遠いところでゴジとハルカちゃんがやり取りをしているような気分。
私……、私はゴジの代わりにしっかりしなくちゃと思ってたけど、ゴジは大丈夫みたいだ。私は……、もう東京に戻る方がいいのかな。
東京に戻る、ということで目の端で彼女を探す。
「あれ？」
私の素っ頓狂な声を上げて少しの間。
ゴジとハルカちゃんは私の方に注意を向けてくれるわけでもなく、仕方ないと思ったのか窓ちゃんが声をかけてくれた。
「どうしたの、佐々也ちゃん？」
「やちよちゃんが居ない！」
「え？ ほんとだ……」
「さ……探しに行かなきゃ」
「私も行った方がいい？」
窓ちゃんが助勢を申し出てくれる。
でもこの集落で迷子って言っても切迫した危険があるわけじゃない。
「ううん、いいよ。私が連れてきたみたいなもんだから、私が探す」
「わかった」
窓ちゃんはそういいながらもゴジを気にしているようだ。
たしかに、いまはゴジの感情面が危なっかしいというのは完全にその通りだ。気にしてあげられる人が居るならその方が良いんだろう、たぶん。
