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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十七章 無能者にも役割はある。
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……8月2日(火) 17:45 幹侍郎の部屋

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十七章 無能者にも役割はある。


――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――

「歯車で計算? 式とか答えはどうするの?」

「数式は決められたもので、答えは色々……。よくあるのはシリンダー的なところにその数字が出てくる感じとか印刷とかになるね」

「式が固定? 使いにくくない?」

「それは使い道とかによるんだけど……。数式と出力の関係を理解するためには別の例の方が良いかな? えーと、佐々也ちゃん、カウンタースタンプって知ってる? スタンプを押すとガシャンって数字が上がって連番を印字できるやつ」

「ああ、あるね」

「あのスタンプなんかが(いち)を加算する機械式の計算機なわけ。機械式計算機で計算してそれを出力するっていうのは、そういう感じなのよ。でそういう計算のできる機械があるとして、スタンプを押すんじゃなくてシリンダーの印字を見るように改造するのも難しくないし、一加算じゃなくて二加算とかに作り変えことができるのもわかるよね? 実際に佐々也ちゃんが作れるかどうかはともかく」

「計算機っていうからもっと計算だけするような機械を想像してたけど。……でも、うん、なんかイメージできてきた」

「それで佐々也ちゃん、いま説明した機械式計算機、どこがソフトウェアでどこがハードウェアだと思う?」

「え? ……数字が出てるところがソフトウェアとか?」

「どっちかって言うとそこはソフトウェアじゃなくてキーボードとかモニタとかプリンタ、つまり入出力って呼ばれてるところだね」

「ハードウェアとソフトウェアについて、そんなに詳しく考えたことなかった……」

「人間の脳はね、稼働した結果がその人の知性になるわけ。途中を切り分けてソフトウェアが挟ませる必要がないの。これは幹侍郎ちゃんも同じ」


「そもそも、ソフトウェアってなんなの?」

「ソフトウェアという言葉を強引に当てはめると、機械式計算機で言うと歯車とかクランクとかの機械部品とその動きによる状態変化の一連の流れがソフトウェアだろうね。実際にはその流れを機械から分離させることができるわけではないから、理解を整理するということ以外には意味のない話だけど。もう少し細かく言うと、『ソフトウェア』というコンピュータの登場とともに作られた言葉が持っているレイヤーの問題なの。普通のコンピュータで考えてみると、ソフトウェアの方から見てそのソフトウェアこそが動作している機械であって、稼働しているハードウェアは機械というより機械が動作をするための環境、つまり歯車に例えると時空間とか物理法則にあたるものになるんだよ」

 ソフトウェアが『機械』とイコールであるとき、つまり、IF文やPRINT文が歯車やシリンダーの文字列という機械部品であるとき、ハードウェアはその機械部品の作動を保証する現実のなにかになる。そしてその歯車や文字列シリンダーの動きを(つかさ)どっているのは……。

 確かに物理法則とか時空間とかになるのか……。

「壮大だ。でも聞いたことがある。シミュレーションされた砂粒は、自分が実在の砂粒なのかシミュレーションの砂粒なのかわからないってやつ?」

「……切り口は違うけど、まぁ(おおむ)ね。その場合の『砂粒』は出力と呼ばれるものの最小単位で、コンピュータシミュレーションならソフトウェアの稼働後の結果、現実世界だとそれが哲学的な意味で『物質が存在すること』に当たるものに相当することになる……」

「む……難しいな。最小単位?」

「人間と脳の関係なら、脳が稼働して出てくる『知性』は、シミュレーションの砂粒で『描かれた風紋』に当たると言えるかな。風紋を形作るための、ほとんど意味のない小さい要素――つまり最小単位――が砂粒。この砂粒を人間に当てはめると……、小さすぎてちょっと分からないよね。例えばなにかを指差す時の指の動きを司る筋肉繊維の一本を動かすこと、とかになるのかもしれないね」

「こんがらがる……。風紋? 砂漠の模様のこと?」

「そう。砂粒自体は一つ一つの構成要素でしかない。砂粒をシミュレーションする時、普通は砂粒そのものの動きなんてどうでも良くて、たくさんの砂粒が動いた結果として出来上がる砂山や風紋が目的になってるし、人間はなにか特別な理由がない限りシミュレートされた砂粒なんて見ないで砂山や風紋を見る。個々の砂粒はそれを構成するごく小さな一部でしかないから、ソフトウェアが稼働し終わった結果そのものの一つ一つだけを取り出しても知性には見えない。私達、つまり人間もダイモーンも、ソフトウェアの純粋な稼働の結果そのものを見てるわけじゃない。ここまでは大丈夫?」

「ひとつひとつの言葉の意味は分かるけど、なんで砂粒の話をしてるのか判らなくなってきた」

「『機械』の出力が複雑になってきたときに、個々の結果を生み出す機械だけが有意味なわけじゃない。脳という機械の稼働結果を知性と呼びうる場合、見ている側がなにを見ているのかという説明をしてるの。風紋はなんだかわかりにくいみたいだからゲームに例えると、シミュレーションの砂粒は画面に表示されているドットで、ドットが集まってやっとキャラクターの姿になる。幹侍郎ちゃんの今の状態についての把握、つまり脳の稼働と知性の同一性に例えると、脳の稼働は出力を作成するからもちろん同じ動きである必要があるんだけど、それの出力がどこから出てくるか、砂粒の生成器の歯車がなにでできているのか、同じものかどうかということにはあんまり関係ない。砂粒で描かれた風紋に現れるものが同じかどうかを見て判断すればいいわけ」

 む……難しいな。

 えーと? と、ハルカちゃんの言葉を咀嚼していたら、ゴジがじれったそうに口を挟んできた。

「いいよ別に砂粒のことは……。つまりハードウェアの形とか構成部品とかはともかく、知性というのは出力の全体であって、その出力の全体が同じなら知性が生き続けてることになるってことを言ってるんだよな?」

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