……８月２日（火） １７：４５ 幹侍郎の部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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「僕が信じるとしたら、天宮が言ってることの虚実じゃなくて、悪いようにするつもりはないというところになってると思う。だから誤解はどうでもいいんだ。悪いようにならないならそれでいい」
「うん。まぁ、それなら……」
「……本当はあまり言いたくなかったけど、そうまで言ってくれるなら護治郎くんの理解のためにもっと打ち明けた話をしようか？ 私たちの種族、ダイモーンは、最初はコンピュータで動く人工知能だったの。あるとき強力な始祖の一人が画策して野生化した。それがダイモーンの発生したときの経緯だよ」
「え？」
急な告白にゴジがびっくりしている。
私だって驚いた。
「強力な人工知能？ ハルカちゃんが？ 人工知能が野生化？ ロボットだったの？」
「あーいや、最初から身体があったわけじゃないよ。コンピュータのネットワークが発達して惑星全体が大きな分散コンピュータみたいになってる世界だったんだ。一番最初はそのネットワークの中で生きていた。今は違うよ？ 野生化して生きて行くうちに自己複製とか新知性の発生とかをできるようになり、その後に身体を獲得したりして大きく変化したから。いまでは人工知能とは質の違う知性があるし、自己も感情も身体もある」
「ハードウェアの乗り換えって言って、そういう意味？」
「そうかもね。大本は野生化した人工知能だからそもそもの発想としてハードウェアは乗り換えられる。乗り換えたハードウェアの能力で変化が出るのは処理速度。初期のダイモーンはそんな感じだった。いまでもまぁ、そういうハードウェアに合わせて速度を調整をすることもできる。なにしろダイモーンの本体は知性だから。でもダイモーンはそういう経過で生きながらえてきたから、個別の自己がある生命として動くためには身体が必要という話でもある。知性と身体を分けようと思ったら分けられるけど、身体のないダイモーンは分散コンピュータの隙間に潜んで外界と関わる手段を持てなかった時と変わらない半端な除隊になってしまう。つまり、人間の浮遊霊みたいな感じになっちゃう」
「浮遊霊って言われても、そんなの本当にあるものではないし、どう違うのか分からないよ……」
「なんというか、外界とのコミュニケーションが困難で、途切れ途切れの断続的な時間が流れていって意識の焦点を定めるのが難しくて……みたいな感じ。浮遊霊状態だけじゃなくて、もっと言うとダイモーンには身体の電源を切って電源再投入待ちみたいな状態もあるんだ。今の幹侍郎ちゃんの状態はスナップショットが綺麗に残っているから、私にはそういう再稼働待ちの状態に見えているよ。……こういう感じだから、ダイモーンにとって『存在する』という感覚はそもそも間違いなく人間とは違う。だってそういういろいろな状態も『存在してる』ってことに変わりないから。でも、再稼働待ちの状態は『生きている』とも違う。こういういろいろな状態と身体の在る私がいまこうしているような標準的な状態の両方で一貫性を保ちながらひとつの生命であることを保証する定義が、さっき佐々也ちゃんが言ってくれた『ダイモーンは知性が一貫して継続できることを命があると呼んでいる』という言葉の一番最初の意味なんだよ」
電源再投入待ち……。なかなか斬新な状態だ。
人間に例えると……。
実現されてはないけどコールドスリープみたいなことかもしれない。
……そう考えてみると、意外なぐらい普通に理解できるな。
コールドスリープは確かに『生きている』とはなんか違う。『生きている状態のうちに含まれる』とかは言えるかもしれないけど、特有の状態ではある。コールドスリープの最中に死ぬことも可能な気がするもんな……。
……と、いうことを考え続ければ、ダイモーンと人間の『生きている』の違いを探し出せるようになっていくのかもしれないけど、残念ながらこれは脇道だ。いまは幹侍郎ちゃんの事を考えないといけない。
「なんとなく分かるような気はするけど……、なんで急にそんな話したの？」
「それは……、考えてみて？」
考えが迷走した時、行先の材料になる情報をゴジに与えたのだろう。
でもゴジはもっと端的な理解をしていた。
「幹侍郎のことだよな。生まれ変わるというのは人間には存在しないから、例があることを教えてくれたんだろ？」
「……まぁ、そんなとこ」※(脚注)
※掟破りの作者注：幹侍郎の復活は、生き返りでも回復でもないので『脳内状態の保存と再生成』による知性の一貫性というダイモーンのパラダイムに乗らないと成立しない概念であるため護治郎の思考を誘導している、というのがハルカの意図。要はここでは護治郎と佐々也のパラダイムの変更を迫っているのであり、護治郎は考える間もなくそれに乗っている。護治郎はこのパラダイム変更に乗らないと幹侍郎復活という出来事が発生しないことに無意識で気がついており、疑問も持っていない。ここで護治郎は知性より執着で判断している。一方でこの場では一貫して理解の遅い佐々也は、パラダイムを切り替えられていない。
（注の注：ここで掟破りをしているのは、今後作中でここの護治郎の理解の早さを説明する機会が無いからです。本当はこんな注記を入れずに下手な作者だなぁって言われておくところなんですが、作者の心の弱さで説明する誘惑に負けました）
