……8月2日(火) 17:45 幹侍郎の部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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ただし稼働し続ける脳は、常に変化しているのだ。一瞬前とも必ず差異がある。例えば事故や病気で脳血栓ができてしまい、そのために性格や行動が変わってしまい、周囲の人が異常に勘付くというのはよくあることらしい。だからと言って連続性が切断されているということにはならない。
いや? なるのか?
だって、別の人みたいになっちゃうから気が付くんだもんな……。
私が黙り込んでいるうちに、ゴジがハルカちゃんに切り返している。
「いいよ、天宮の言い分はわかった。気圧が低くて機嫌が悪い日、いつもと違う言動になる場合もある。だからって別人になるわけじゃないってことだよな? ……僕にはその言い分が正しいかどうかを判断する能力はないから、天宮が重大でないと言うならそれを信じる。ひとつだけ質問するとしたら、銀沙生物としての天宮から見て、それは生き返ったことになるのか?」
「私から見たら、生き返ったと言うより、同じ個性の人間に生まれ変わったことになるかな。生き返った、という言い方をすること自体あまりないよ。そんなの、生物人間だって変わらないと思うけど」
ゴジの理解が早い。そのせいで話の展開も早い。早すぎる。
私は途中までのところもぜんぜん未消化なのに、どんどん進んでしまう。
それでも強引に話についていくように考える。そうすると、いちばん手前の簡単なところに反応してしまう。
生き返ったという言葉を使われる人間は居るか?
本当に生き返ったことのある人間は居ないはずだ。
……少なくともゲームとかマンガには居るから概念として不適合ではないどころか馴染みがあって意味不明ではない。ないけど。
「死んだ後に生き返る人なんて基本的に居ないからなぁ……」
基本的に。
例外はナザレのイエスとかだ。
物理現象的な部分は置いておくとして、宗教上の伝説の話であるイエスの復活のことを文字通りの事実として話す人も、世の中には居るという事だ。そしてそれが意味不明ではない。
例えばなんだけど『湧く』とか『充填する』とか、死者がすることとして意味不明になってしまう事柄というのは存在するけど、『生き返る』は現実には存在しないけど意味不明にはならない言葉ではある。
うーん、つまりどういうことだ? と、考えていたらゴジに怒られた。
「幹侍郎は死んでない。目覚めないだけだよ!」
自分で死んだって言っただろ!
いや言ってないか?
生き返っただったっけ?
いや、死ななきゃ生き返れないんだから、大して変わんないだろ!
とは思ったけどいまはゴジをやり込める大会をしてるわけじゃないので、面倒を避ける意味で素直に謝る。それにあえて言うなら、ものすごく疲れてる状態から元気になるときも生き返ったって言うときもあるからね。その応用だね。そこら辺で納得しておくことにしよう。
「ああ、そうだった、そうだね。でも、私とハルカちゃんとは生きてるか死んでるかってところから感覚が違う話なんだよな」
もう二度と目覚めない昏睡をしている人がもう一度目覚めたら、それは生き返ったではなくて、回復したと呼ばれるだろうとは思う。でも言葉の定義にこだわるのは話を面倒にするだけだから、いまは言わない。もう妥協してるし。
もうとにかく話を進めよう。私からハルカちゃんを促す。
「頭脳のことは分かった。他にはなんか問題がある?」
「……あとは、単純置き換えだと電池の問題はなくならないね。初回の起動は問題ないし、動かすサイズも小さいから大きい頃より長持ちはするだろうけど」
「そこはなんとかならないの? さっき言ってたマックスウェルの悪魔とかで」
「悪魔?」
窓ちゃんが不安そうな声を上げたので、要するに充電不要の電池の名前だと伝えた。
「なるかもしれないけど、見直しが必要になるからけっきょく膨大な手間がかかるんだよ。それにエネルギーに限らず全ての代謝が無いから、長持ちしないかもしれない」
長持ち……。この文脈では聞きたくない言葉だし、ゴジの手前では使わない方が親切な言い草だと思う。
「つまり幹侍郎ちゃんの電池の問題を解決しようとすると、体中の全部を作り直さないといけない。そうすると、体も脳も全部入れ換わってしまうよね? それは……大丈夫なの?」
なにがどう大丈夫なのかというと、なんだろ?




