……8月2日(火) 17:45 幹侍郎の部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十七章 無能者にも役割はある。
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「なるほどそういうことか……。部品のサイズね……。じゃあ、大きい方に合わせて全体を二分の一にすることは?」
「できる、と思うけど……、その場合でもいくつか問題があるかも」
問題という言葉にはゴジが敏感に反応する。
「ひとつめは小さな問題だけど、資材不足。いまある材料がその十分の一サイズに足りるぐらいだから、二分の一サイズで作るとしたらおよそ縦横高さ全て五倍で、都合百二十五倍の材料が必要になる。それでその材料の生成収穫に千二百五十日――つまり三年半――とは言わないけど、効率化しても今から半年ぐらいかかるとは思う。でもこれは待てばいい。作り直しだからスナップショットがあれば本体側の劣化は関係ないし。もうひとつは強度の問題。私が用意した銀沙が作り出す構造は原理的にはスケールとして人間大のサイズのものが基本で、最大でも象ぐらいで限界。サイズを上げたときに保つように銀沙の細胞が作り出す構造をデザインし直すことはできると思うけど、例えば資材がもっと必要になるとかのイレギュラーが起きると思うし、ノウハウがないから他にも思わぬ事故が起きるかもしれない。最悪、銀沙細胞の方を変化させるみたいな事で対応できる見込みはあるけど試行錯誤をする必要があるからすごく時間が掛るかもしれないし、そこまで必要かどうかもまだわからない。それから三つ目、これは二分の一にする事と関わりない問題だけど、物理現象的な違い。幹侍郎ちゃんの頭脳の構造はおそらく脳内のシナプス結合を再現している様子なんだけど、単純置き換えだと情報伝達の距離が短くなって二点間で情報が伝わる速度が変わってしまうかもしれないから再現度は下がってしまうのかもしれない」
「……」
言っていることの一つ一つは分かる。でも、これまでに知っていた事がひとつも無いので、そんなに一遍に聞かされてもなにをどう考えれば良いのかわからないって言いたくなる。
私でこうなんだから、ただでさえ混乱中のゴジなんかはもっとそうじゃないかと思う。
それはそれとして、ひとつ気になったことがあった。
三つ目、として言ってたところだ。
「単純置き換えだとシナプスの情報伝達の速度が変わっちゃうかもって、それは十分の一とか二分の一とかに関わりなく、どんなサイズでも起きる問題なんだよね? 確かにそうだよね。でも、そもそも、そこが変わるとどうなるの? 二分の一で小さくなるから距離が半分になってかかる時間が短くなる? 十分の一だともっと時間が短い? それって頭の回転が速くなって賢くなるとか?」
「そう。小さくするときにはどのみち起きる話。で、情報伝達速度が変わるとなにが変わるかはわからない。脳内の反応は伝送距離だけじゃなくて、発火までの遅延時間とかもあってややこしい。その上、それぞれの時間がどう影響するか、幹侍郎ちゃんのような頭脳を持っている例が他に無いから推測もしにくい。でもいちおう参考までに、私の世界では人間の脳を金属配線化して脳内の情報伝達速度を上げる手術があったんだけど、それをするとやっぱり性格は変わるそうだよ。だいたい怒りっぽくなるみたい。でも、思慮深く優しくなる人が居ないわけでもないんだけど」
性格が変わるんならそれは再現として良くないんでは?
いやでも、多少怒りっぽくなるくらいなら許容範囲なのか?
ここには判断が必要で、私には材料が足りない。
保留。
それはそれとして、もう一方で『脳内の金属配線化』と聞いても禍々しいイメージしか思い浮かばない。
「なにその悪魔の手術」
「地球で暮らしてるとそう聞こえるのかもね。私が居た世界では最大の可住惑星が無くなってしまって人間の生存が厳しかったから、身体改造が盛んだった歴史的経緯があるんだよね。だからこれは普通の手術だよ」
「ああ、そうか。そういう事情の違いもあるんだ……。ここに来て設定が増えて辛いわ」
「設定って、歴史だろ? 真面目な話をあんまり茶化すもんじゃないよ」
ハルカちゃんに軽口を利いたらゴジに怒られた。
これはこれで、ある意味では良かったのかも。
こういうのでも少しはゴジの気が紛れるだろうか?
それで切り替えがついたのかゴジが続けて口を開く。
「でも、頭が大きくなるのがしかたないなら、そうして欲しい」
「まだ他の方法もあるよ。いまのは単純置き換えをベースにした話で、他の方法っていうのはシナプスの構造を銀沙で置き換えやすいエミュレーションに作り変えてしまう方法。これなら、十分の一どころかもっと小さくできるし、エミュレーションのパラメータ調整で情報伝達速度も元と同じにできる」
エミュレーション?




