……8月2日(火) 17:30 幹侍郎部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
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「元はね。今のこれは機能を追加したバージョンツー」
「機能を追加?」
「それはまた追々」
まぁ結局はハルカちゃんのふしぎ道具ではあるんだろう。
ハルカちゃんのふしぎ道具にはもう馴れっこだから、とりあえずそういうもんかと受け入れておく。ふしぎ道具の詳細はまた長い話になるのだろうし、いまは優先すべき話題があるのも事実だ。
おそらくこれも気が向いたら教えてくれるはず。だから長い話は一時割愛。
「……それにしても百億って、ただ事じゃないよね?」
「ごく簡単に説明すると、幹侍郎ちゃんってわりと独立した小さな部分が集まって全体が出来上がってるみたいで、その小さな部分ごとに電池があって、それが百億以上なの」
「細胞ってこと?」
「それぞれの少部分が人体の細胞に似てるのかというと似てないし、私の身体の銀沙細胞にも似てない。もうちょっと具体的に言うと、人間の細胞って数兆みたいな数なんだけど、それに比べると二桁三桁少ないから、個々の部分が全体に対して数百倍ぐらい大きかったりするし、個々の役割ももっとはっきりしてるし、細胞みたいに自己複製する能力もない。だけど、エネルギー的に独立性の高い個別の部分が集まって全体になっているという大まかな構図まで立ち戻ったら、人体と細胞の関係に少しは似てるかもね」
「細胞って別に人間だけに存在するものじゃなくて、どの生物にも存在するものだから、人間より何桁か少ない細胞でできている生物だって絶対いると思うよ。単細胞生物っていうのも居るし」
「それはそう。だから数が違うからというのが細胞と似てないという根拠にはならないんだけど、それにしても個々の部分がお互いに似てないしそれぞれ別電源になっているし、さっきも言ったけど複製して分化してみたいな生物細胞とか銀沙細胞にありうる特徴があるわけでもない。実のところ、生物学上は細胞というより同種の細胞が組み合わさって機能を司る器官……、いやむしろ器官を構成する組織に近いのかな。組織の働きを機械部品で再現している感じというか」
「組織? 組織ってなんだっけ? 器官はわかるけど……」
なんとなく分かっては居るんだけど、改めて急に言われると思い出せない。
「生物的な意味で言う組織は、同じ形の細胞が集まって作られてるもの。器官は組織が集まって作られてる感じ。機械に例えると、組織がネジとかの要素部品で、器官がエンジンとかのパーツ的な部品」
「その場合、細胞は?」
「素材とかじゃない? でも、こういう例え話を精密にしてもあんまり意味はないよ。多細胞生物も複雑な機械もどちらも部品を集めて作ってる。細胞だって本当は内部構造があるんだから最小単位ではないけど生物として考えるときは普通なら細胞で止めて良い。幹侍郎ちゃんの場合は、細胞のような自己複製する最小単位はないんだよ。でも例えば上腕筋のようなものはあり、その上腕筋を構成する筋組織のような部分もある。骨格系、筋肉系に似たものなんかは当然あって、それぞれの器官そのものよりひとつ低い構成単位が最小単位になってる。で、その最小単位が別電源になってるの。実は消化器官系と呼吸器系はないみたいなんだけどね、循環系とか神経系は存在している。幹侍郎ちゃんの身体は大まかには人間っぽい動きと働きなんだけど、細かく見ると総じて人体……というか生物人間の身体にはあんまり似てないかもね」
情報が多いし、矛盾してるように感じる部分もある。
「つまり……、どういうこと?」
「全体としての動きは大まかに人間っぽいけど、生死を厳密に判断するみたいなレベルだと人間とはぜんぜん違う内部構造だってこと。そもそもエネルギーの代謝が存在しない。複製できない。細胞に相当する部分はない。ただ、小さい部分を組み合わせて全体が作られているし、その小さい部分は百億ぐらいあって、それぞれに別電源だけど、それぞれが組み合った動きはどことなく人間っぽいって感じ」
教えてもらっても生死を判別する上でどう違うかがわからない。
呼吸器系がないなら呼吸を調べることはできないけど、循環器系があるなら、脈は調べられるってことか? 脈はあるのか?
いや電池が切れてるなら脈拍は当然無いのか。




