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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
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……8月2日(火) 17:00 神指邸・帰宅

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。


――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――

 部屋を見下ろすと、幹侍郎ちゃんがいつもいるところ、ベッド……というか作り付けだしマットレスもないから寝台とでもいうのか、そこに横たわっている。危ないしめんどくさいから普段はあんまりその上には登らないんだけど、いまはゴジが寝台の上に登って頭のすぐ横で幹侍郎ちゃんの方を見つめてる。


「あれが幹侍郎? うわぁ、本当に大きいなぁ!」

「そう……。大きいんだよ」

 やちよちゃんの感嘆に窓ちゃんが応える。

 ハルカちゃんは私達の後ろを通り過ぎて、いち早く階段で下のフロアに降りて行く。幹侍郎ちゃんの方に向かうのだろう。

 私達はそれについては行かず、入り口のデッキの上で様子を見続ける。

 やちよちゃんには誰かが付いていないといけないだろう。目を離すとなにか突飛なことをしかねない気もするし、なによりやちよちゃんは幹侍郎ちゃんに対する遠慮のない発言をして、ゴジを不用意に傷つけてしまう恐れがある。事情を説明をするにはデッキの上の方がいい。

 入り口デッキの上、遠くから見た幹侍郎ちゃんはたしかにまったく動かない。前に幹侍郎ちゃんが眠っているところを見たことがあるけど、その時と比べてどうだろう? なにか違いがあるんだろうか?

 なにが違うかはわからないけど、以前に見た時は確かに生きてる幹侍郎ちゃんが眠っている感じがしたけど、いまは眠っていると言うより本当に動かない感じがする……。

 ……実に不吉な感じだ。

 とはいえ、私は自分自身の脈も測りそこなう程の粗忽者(そこつもの)だから、なにかを見落としているのかもしれないし、単なる先入観かもしれない。帰りしなにずいぶんいろいろ考えていたけど、こうして実際に見てみると、遠くから見ただけでもう目覚めないかどうか――生きているかどうか――なんて見分けられるわけがない。

 でももしかしたら、近づいて行っているハルカちゃんならなにか、私達人間とは違う生命の定義を持って実感しているはずのダイモーンのハルカちゃんならまたなにか違うものが見出だしてくれるかもしれない。

 そうであればいい。

 そうであって欲しい。

 ハルカちゃんが寝台に掛けられたはしごを登り、ゴジに話しかける。

 遠目でも言い合いが始まったらしき様子が見える。

 私も近寄って話を聞けばよかったと思ったけど、もう遅い。

 距離があるので言い合いをしている声は聞こえない。

 少しして、ゴジが泣き崩れた。

 声は聞こえなかったけど、それでどんな話だったのかは分かる。

 可哀想に。

 幹侍郎ちゃんも可哀想だし、なによりゴジが可哀想だ。

 もちろん私だって幹侍郎ちゃんのことは好きだし、悲しい。

 けどまだ実際に耳に入る言葉としてはなにがあったか分かっていない中間的な状態だから、感情的な留保がある。

 それに比べると、ゴジが泣いているのは目で見ていて分かる。

 あの子は、親を亡くして悲しみのうちに正気を失って、無から幹侍郎ちゃんを作り上げてしまったような子なのだ。そのゴジが、親に続いて幹侍郎ちゃんまでも失ってしまった。

 本当に本当に可哀想だ。

 不意に涙が出そうになる。視界が潤むけど、目尻から涙は落ちなかった。

 すぐ隣りにいる窓ちゃんを見ると、視線を落として唇を噛み締めている。目には私と同じように涙の予兆。

 私は……、どうすれば良いのか。

 駆け寄ってゴジを慰めたほうが良いのか、その役は窓ちゃんに譲ったほうが良いのか。それともハルカちゃんから詳しく話を聞いたほうが良いのか。どうしたいかと言うなら、ハルカちゃんから話を聞きたいけど、ゴジの悲しみを思うとどうしても胸が(ふさ)ぐ。


 悲しみの予感で彩度と光度の落ちた視界。

 意識に流れ込んでくる光景から意味が欠落している。

 視界の中で動いているのはハルカちゃんだけ。

 ハルカちゃんは寝台のはしごを降りて、広いフロアの隅にある人間大の掃除ロッカーのようなものに近づいていっているようだ。

 あのロッカーってなんだったっけ。前に、何かのときに見たような。

 ああ、銀沙の収穫機か……。

 ハルカちゃんが私に向かって手を振っている。

 私に向かって手を振っている。

 ハルカちゃんは動いている。

 幹侍郎ちゃんはたぶんもう動かないんだろう。

 ハルカちゃんはまだ私に向かって手を振っている。

「佐々也ちゃん?」

 肩を掴んで揺らされた。

 窓ちゃんが後ろから私の肩を掴んでいた。

「ハルカちゃんが呼んでるよ? 行ってみよ?」

「佐々也ちゃんと窓ちゃん、ちょっと来て!」

 ハルカちゃんは手を振っているだけじゃなくて、声をかけてきていたらしい。

 窓ちゃんに促されて、いまようやっと聞こえた。

「あ……ああ、うん」

 ちょっと夢から覚めたような気持ちになって、ハルカちゃんの呼びかけに応えて、デッキからフロアに降りる階段に向かいはじめた。

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