8月2日(火) 17:00 神指邸・帰宅
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
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8月2日(火)
17:00
神指邸・帰宅
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「ただいまー」と言いながらゴジの家の玄関の扉を開ける。
返事はない。
『帰ってきたな』という心境になったけど、そういえば自宅というわけでもないし本来ならわりと複雑な感情という気はするけど、どうでもいいことだからひとまずは置いておこう。
やちよちゃんにゴジの家の玄関のことを説明しながら、靴を持って上がってもらう。
玄関を入った部屋に荷物を置いて、自分も自分の靴を取り上げる。
「ほらこっちだよ」とやちよちゃんを誘導しながら食堂奥の作業部屋へ。
ハルカちゃんも当然一緒だ。
作業部屋には見慣れないドラムリールが置いてあり、黄色いケーブルが穴の中に引き込まれている。始めて見たものだけど何かは分かる。これがゴジが説明していた通信ケーブルなのだろう。
やちよちゃんに「狭いから気をつけてね」と注意を促しつつ誘導し、はしごを降りて地下道へ。
「地下道なのに壁が金属なの? ずいぶん綺麗に遺跡が残ってたんだね」
「いや、これは遺跡じゃなくてゴジが能力で作ったんだ」
「一人でこれを? ……それは、なかなか強い能力だね」
「既製品の方が使いやすいからって、本人はあんまり能力を使わないけどね」
「そうなの? 贅沢者だな」
贅沢なのかな?
なにも苦労なく既製品が入手できるというのは東京に比べたら恵まれているのかもしれないけど。
「ゴジの能力は時間も体力も使うからね……」
なんとなく言い訳がましくそんな事を言ってみる。
私達は楽しく見学させてもらったけど、東京の暮らしぶりが厳しいらしいというところはたくさん見た。本当は裏にまわればもっと厳しいところもあるのだろうとも察している。服やお菓子だって好きなようには手に入らない世界。そこでの生活を考えると既製品が手に入りやすいというのはたしかに贅沢というか、必要以上の選り好みをしているように感じるのかもしれないとは思う。
やちよちゃんはゴジや私を責めてるのではなくて、気を使った喋り方をしていないだけだと思うけど、なんとなく釈明が必要なような気がしてしまったのだ。こちらとしてもその場に合った暮らしをしているだけだから、そんなに引け目を感じる必要も無いはずだけど。
そんなこんなの話をし、足元のケーブルを避けながら歩いていると、奥の扉が見えてきた。
いつもとは違いそこは開いていて、窓ちゃんが立っている。
「……やちよちゃん?」
「白虎!」
「やちよちゃんも来たの?」
さっきの電話で言わなかったっけ?
……言ってなかったかもしれない。
「えーと、気がついたらついて来てたんだ。まぁ、事情は知ってるからいいかなと思って」
「そう? ……そうかもね」
「ゴジは中?」
「うん。……ハルカちゃん、護治郎君が待ってるよ」
私達の後ろを歩いてきていたハルカちゃんは、窓ちゃんの言葉に手を上げて返す。
* * *
窓ちゃんに誘導されるような形で護治郎ちゃんの部屋の中に入る。
広すぎて反響音がほとんど聞こえず、もともと静かなので音が空間に染み込んでいくような懐かしい感覚。二週間ほどのご無沙汰だ。
窓ちゃんが入り口のデッキに入ってすぐにさっと横に道を開けたので、なんとなく私も窓ちゃんを通り越してからちょっと横にずれる。そのまま入り口のデッキの展望になっている方に向かって歩き、部屋を見下ろす。
「うわー。広いな、これは。遺跡じゃないのにこの広さかぁ」
やちよちゃんが私のすぐ後ろで変な感心をしているけど、返事は後回し。
まず状況の把握だ。
部屋を見下ろすと、幹侍郎ちゃんがいつもいるところ、ベッド……というか作り付けだしマットレスもないから寝台とでもいうのか、そこに横たわっている。危ないしめんどくさいから普段はあんまりその上には登らないんだけど、いまはゴジが寝台の上に登って頭のすぐ横で幹侍郎ちゃんの方を見つめてる。
近い距離で見ていたって何ということもなかろうに、とも思うけど、遠目にもゴジの背中からは憔悴が伝わってくる。




