8月2日(火) 16:00 車中・迷想:やちよの知見
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
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8月2日(火)
16:00
車中・迷想
やちよの知見
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私とハルカちゃんの会話が一段落したところを見計らって、やちよちゃんが声をかけてきた。
「またなんか難しく考えてる? 二人が何の話をしてるのかまったくわかんなかったよ?」
「佐々也はいつでもそういう感じだから、もう仕方ないよ。佐々也も、これまでみたいに護治郎だけじゃなくて、ハルカが相手をしてくれるようになって良かったじゃない?」
やちよちゃんにユカちゃんが返事。
ん? ゴジが私の相手をしてくれていた?
今まで意識をしたことなかったけど、ゴジ相手にこんな感じの理屈を言っていることはたしかに多かったかもしれない。というか、いままではあんな感じの話をするのは主にゴジが相手だったんだろうか? 言われてみればそうだったかもしれない。
あれは、私がゴジに相手をしてもらっていたのか……。
その発想はなかったけど、傍目にはそんな感じだったんだな……。
驚愕の事実だ……。
でもいまはそこに驚いてる場合じゃないから気を取り直さないと。
「えーと、難しく考えてるわけじゃないよ。ごく普通に、幹侍郎ちゃんの体調のことを考えてただけ。ただ、考えるにしても参考にできるものがないから、行き詰まるんだよね」
「体調のことを考えるってなにを? 佐々也ちゃんがなにを考えても、他人の体調は変えられないでしょ?」
「まあね。それは幹侍郎ちゃんじゃなくても変えられないよ。でも、どういう感じなのか知ってたら気を使ってあげられることもあるかもしれないから」
「かもしれないって、ちょっと考えたぐらいじゃしてあげられることなんて無いと思うけど」
「でも、心配って要するにそういうことじゃない?」
「私はそういう心配ってよくわからないなぁ」
そういうの? よくわからない?
他人の体調が心配って、そんなに不思議な感覚かな?
私はかなり頻繁に「お前の考えてることがわからん」って言われるタイプの人間だと思ってるけど、この件に関しては私の感覚は世間一般の感覚と違わないって思うぞ。
あ、やちよちゃんは地球の意識がわかるとか、私が屋上に出ていくとわかるとか、考えなくてもわかっちゃう人だから、「わからないから考える」みたいな心の動きがあんまりないのかもしれない。
これはちょと確かめてみるか。
「……もしかして、やちよちゃんって、私の体調とかもわかるの?」
「調子がいいかどうかなんてことはわからないけど、生きてるか死んでるかなんてことなら流石に見たらわかるよ」
結局そういう結論にはなったんだけど、やちよちゃんとは違う話の可能性があるな。
「例えば……、今のハルカちゃんなら生きてるのはわかるけど、最初に……」
「え? ハルカちゃんは生きてないでしょ?」
「……あれ? これ、そういう感じ?」
話の流れが変わってきた。
私がハルカちゃんを最初に見た時は地面からフィギュアが生えてるように見えていて、見ただけじゃ生きてるかどうかわからないって続けるつもりだったんだけど、やちよちゃんにはいまのハルカちゃんも生きているようには見えてないってことだ。
「生きてないなら、ハルカちゃんが動いたり喋ったりするのはどう思う?」
ダイモーンの生命の基準をやちよちゃんに向けてみる。
「生きていないものが動いたり喋ったりするのは珍しくないことだし、なんとも……」
「珍しくない?」
「例えば自動販売機とか」
これは私も思ったやつだ。
私は幹侍郎ちゃんと掃除ロボットの区別を喋ることでつけたけど、やちよちゃんは簡単な自動音声ぐらいじゃあ喋ることには含まれないという見方なんだろう。私だって幹侍郎ちゃんの喋りと自動販売機の自動音声が違うとは思っている。けど、その違いがそれほど自明だとは思わないので、なんと返そうか迷う。
同じようにハルカちゃんに充分な知性があることは私の目には明らかで、自動販売機とハルカちゃんの間には明白な違いがあるんだけど、他人を説得する目的で上手く言い表すのが難しい。最後には『見れば判る』になってしまうからだ。
私が迷っていると、ユカちゃんが答えてくれた。
「自動販売機だって喋りはするけど、あれはそういう機械だから」




