8月2日(火) 15:50 車中・迷想:閑話休題
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
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8月2日(火)
15:50
車中・迷想
閑話休題
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話題を戻そう。
「とりあえず、言葉で表すときにギリギリの端っこが難しくなるってのはよく分かるよ。私も今それで悩んでるから」
「それは……幹侍郎ちゃんのことで?」
「そう。目が覚めないのは病気なんじゃないかとか、病気を治すにはなにをしたらいいかとか、ずっと目が覚めなかったらそれは生きていると言えるのか、どう見分けるのか、みたいな。端っこって言ってもハルカちゃんと私だと端っこの方向は違うかもしれないけど、どこが切り分け点なのかみたいなことをね」
病気を治すにはなにをしたらいいのかっていうのは嘘だ。
私にはそれは無理だろうから諦めてる。
けど、ハルカちゃんはまだ諦める必要がないだろう。だから私が諦めたことは言わない。
「ああ、それで脈を測ったのか」
「そうなんだ……。ハルカちゃんは幹侍郎ちゃん、どうだと思う?」
「近くで見てみない事にはなんともね」
「見てなにかわかるの?」
「どうかな? わかるといいとは思ってるよ」
「やっぱり意外と適当だ……」
「仕方ないよ。なにもわかってないんだから」
私だって劣らず同じぐらい適当なのに、つい非難がましい言い方をしてしまう。
我ながらのんきな雑談をしているような気もするけど、これでも焦っているのだ。
「……でもやっぱり、実際見てみるしかないか」
「それとあと、生き死にについては私の見立てだけじゃなくて、立ち会っている人のそれぞれ全てがどう思うか、かな」
「やっぱり思想が強いんだよなぁ……」
「生まれ育った環境で常識が違うから、差異が可視化されてくるんだよね。だから私が私の定義で言ってみたところであなた達が納得しなければけっきょく意味がないってだけのことだよ」
「環境で違う……。つまり生命とか知性は普遍的な現象ではないってことか……」
これはまぁ軽口だ。
丁寧に考えないと道を踏み外す話題が多いから、ちょっと脇道のことが気になっても頭の中の主な問題に入れられないので、口から出して消してしまうつもりの行動なのだ。
「確かに恒常性はまぁまぁ普遍だけど、生命は人族の判定待ちみたいなところがあるからまったく普遍的ではないよね。知性も、普遍的な現象の一部ではあるんだろうけど、人族が判別できる知性には限界があるだろうと思えば、『私達から見た知性』は普遍的な現象でないのは仕方ないよ。不可知論だね」
軽口だったのに意外としっかり答えられてしまった。
全ての部分に重要で未検討の内容が含まれている様に思われるけど、あまりにも脇に逸れすぎることになる。いまは幹侍郎ちゃんのことだ。
中にひとつ、私が持ち出したのと無関係に思われる言葉が混ざっていた。神様のことを話す時に使うような言葉のはずだ。
「ふかちろん?」
「代表的には神の存在有無は人間には知りえない、知るための能力がない、みたいなやつ。物事を省略して人間にとってわかりやすくする考え方だよ」
「……」
ああそうか、不可知というのが神様だけを対象にしてるわけじゃなくて、知ることのできる範囲に関する議論だというのが原義的な言葉の使い方なのか……。
なんというか、ハルカちゃんは整然としている。
私はまだまだごちゃっとしている。
そういう時には黙るしかない、みたいなとことはある。




