8月2日(火) 15:40 車中・迷想:ダイモーンの生命
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十六章 生きているのか死んでるか。そもそもそういう問題だ。
━━━━━━━━━━
8月2日(火)
15:40
車中・迷想
ダイモーンの生命
━━━━━━━━━━
考えが行き詰まってしまったので、今度はもう少し別のアプローチをしよう。
実際に生死の判定が不明な相手で確認するのはどうか? つまりハルカちゃんだ。
「ハルカちゃんって、脈とか呼吸ある?」
「無いけど……、どうしたの急に? さっきからなにかしてるみたいだったけど……」
ここまでは想定どおり。
「あ、いや、生きてるっていうのがどういうことなのかわからなくなっちゃって。見分け方を確認してたんだ」
「急に過激な問題提起してくるね……」
これは想定外だけど、まぁ普通に答えよう。
「幹侍郎ちゃんのこと考えてたらわかんなくなっちゃって」
「まぁそうだろうけど……。佐々也ちゃんは生命の定義、このあいだ授業でやったやつ覚えてる?」
「ぼんやりとは覚えてるけど、きちんと思い出せなかった」
ほんとについさっき、生死とはそもそも何かを考えてるときに思い出そうとして後回しにしたやつだ。
「私はちゃんと覚えてるから説明するね。生物学的な古くからの定義としてこの前の授業で説明されたやつを大まかに要約すると、外界と区切られた一定の範囲がある、代謝と呼ばれるエネルギーの出し入れを行う、自分の複製を作る、の三つだったよね」
「ああ、なんかそんな感じだった。それだと、ウィルスなんかは代謝しないから生命の定義に入らないとかだっけ?」
「そうだね。代謝もしないし、自分だけの力では複製もできない。でもウィルスは他の生物を乗っ取ったら自分を複製することができる。あと、この区切りだと、実は私も生物じゃない事になる。エネルギーの出し入れをしないから」
「しないの!? どうやって動いてるの?」
「基本的に静電気とか、あとは身体の方でマックスウェルの悪魔をやったりして取り出してる」
「マックスウェルの悪魔ってなんだっけ? 分子の速度がなんとかだったと思うけど」
「すごく簡単に説明すると、私が言ってるのは空気中を飛んでいる分子を速度で仕分けて局所的なエネルギーの水位差を作り出すことで見かけ上のエネルギーを汲み出す技術のこと」
なんか無からエネルギーを取り出しますみたいな発言に聞こえるんだけど、いまは幹侍郎ちゃんのことを考える時だとさっき決めた。ここは割り切ってそういうものだと受け入れよう。
「それで行けるとしても、それは外とやり取りをしてるからエネルギーの出し入れなのでは?」
「そうだね、でもそれは身体の話。私の本体は知性の方で、身体は、割り切った言い方をすれば乗り物に過ぎないから」
「つまり……心身二元論? 魂が有るか無いかが生命の本質だと?」
これは、さっきの幹侍郎ちゃんが生きてるかどうか考えたとき、一番最初に思いついた喋るかどうかという判断基準と同じかもしれない。そういえば身体の生死ばっかり考えていて、そっちについてはなんにも考えてなかった。
「色々と面倒な話になるけど、心身二元論と言うなら、そう。その通り。わたし達はあなた達と違って、かなり厳密に心と身体が別個に存在している」
「えっ? そうなの? というか、私達は心と身体は別に存在してないの?」
なんというか、思いもよらなかった方向に話が進んでるな……。
心身二元論というのは実は心だけの話だ。人間の身体だけの話をする時には心身二元論で話をする必要がない。なにしろ身体は見えるし、触れるから。
見えもしない、触れない。
心のこと。
つまり、ここまでの自分の考えに引き寄せるなら、『喋る』と『動く』の『喋る』の方だけを切り取ってきた話。




