……8月2日(火) 14:30 八日目:大宮・スタジオ前路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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つまりジュースを飲んでたのはどこかの運転に疲れたおじさんじゃなくてユカちゃんだったのか。ユカちゃんとおじさんを見間違えちゃったかー。そう思うとちょっと面白くて、ユカちゃんの剣幕がすごくて笑ってるような場合じゃないのに含み笑いをしそうになってしまった。でもユカちゃんはそういうのを鋭く察して怒るから、頑張って堪える。
いや違う、そんなことはどうでもいい。
幹侍郎ちゃんがどうしたんだっけ?
早く車に乗って、話を聞かないと。
「荷物は後ろの列でいいよね? はい、ハルカちゃんも」
ハルカちゃんの荷物を受け取って、バンの一番後ろの列の座席に二人分の荷物を置く。なにか上手い荷物の載せ方とかもあるんだろうけど、私にはわからないから単純に座席に置くだけ。自分で言うのもどうかと思うけど、鈍くさい私にしてはここはテキパキ動けたんじゃないかと思う。切迫している時、集中力が高まっていい具合に作用することも結構あるのだ。
荷物を置いたら一旦降りて、座席を戻して後部座席の前列に乗り込む。
やちよちゃんとハルカちゃんも私の後に続く。
「みんな乗ったね? じゃあ発車するよ」
ユカちゃんはこちらに目を向けるでなく、返事を待たず、反対の声が上がらないのを確認したぐらいで車を走り出させた。
車があったのが路地に入ったところなので少し入り組んでおり、大通りに出るまでユカちゃんは運転に集中しているらしい。余裕ができたら声をかけてくるだろうから、そのまま待つ。
そういえば携端の連絡みたいなことを言っていた。
充電機と一緒にしてちょっと手荒に仕舞っちゃったから出すのも面倒だけど、大変なことというのの手がかりになるかもしれないので手荷物から頑張って携端を取り出す。朝、寝坊から飛び起きて鞄に入れた時に挿しっぱなしのままだった充電器のコードを抜いて、充電器にまとめて巻き付けてもう一度鞄に仕舞う。
携端の電源を入れると続々と通信アプリのオフラインモードのインフォメーションメッセージがポップアップしてくる。
たしかに連絡が大量に来ている様子だ。
ゴジからと、窓ちゃんから。
――佐々也、話がある――
――佐々也ちゃん、連絡して――
などなどのタイトルアブストラクトが並ぶ。
ざっとまずインフォメーションメッセージの時間を確認すると、昨日の昼間、新宿の基地に居たぐらいから連絡が来始めているみたいだ。午後になり、夕方になり、日が暮れて夕食の頃になり、だんだんと件数が増えてくる。
非常に嫌な感じのする連絡の量だ。
なんで私は今までこれに気が付かなかったんだ……。あ、いや、新宿の屯所から出た頃から電波がなくて、その後バッテリーを切らしちゃったからか。
で充電して今朝は……寝坊して飛び起きたから、それからいままで一度も携端を見てないとかか?
まさか!
いや、やっぱり見てなかった……。
偶然のタイミングと自分の迂闊の合わせ技で音信不通の時間ができていたのか……。
それでユカちゃんが迎えに来るほどの事になっても気づかなかったと。
電波は仕方ないにしても、充電切れと寝坊は私のせいだ。自分の迂闊さが人に迷惑をかけたと知って、頭の奥の方から血の気が一斉に引いていくのがわかった。
目眩を感じながら、実際に通信アプリを起動させてメッセージを一気に受信する。
受信完了までいくらかの待ち時間ができるようなのでバックグラウンドで受信を続けながら、もう一度インフォメーションメッセージの確認に戻る。
時間をざっと確認するためにぶつ切りの短文アブストラクトを流し見している中でも、そこここから幹侍郎ちゃんのことで事件が起きているというのが僅かに伝わってくる。
背筋に悪寒が走り、嫌な汗が出たような冷たい感触がある。
通知の内容に目を通そうとしたとき、ユカちゃんが話しかけてきた。
「佐々也……、幹侍郎ちゃんが……、うわ! 誰その子?!」
ユカちゃんが運転中に僅かな横目で後部座席をチラ見して、やちよちゃんに気がついたらしい。運転中だからジロジロ見たりせず、視線をそのまま前方に戻している。
やちよちゃん、番組出てたから知ってると思ったんだけど……。窓ちゃんは番組を見てくれていると言っていたけど、ユカちゃんはそうでもなかったのかもしれない。
「この子はやちよちゃん。東京でガイドをしてくれた子だけど、番組見なかった?」
「は? ……ああ、あの子か。ちらっとしか見てないから顔まではわからんかった。でも、乗っちゃって良かったの? このまま村まで帰るよ?」
「あ!」
間の抜けた声が口から漏れていた。
知らない人と会ったことに驚いたのかと思ったら、そうだった、やちよちゃんの予定については考えてもみなかった。
「ほんとだ! やちよちゃん、いいの?」
「私の本当の目的は佐々也ちゃんを東京に連れ戻すことだから」
「ん? ああ、そうか! そうだった! すっかり忘れてた。じゃあ仕方ないか」
「これだから……。来てよかった」
やちよちゃんがぼそっと。
そのぼそりを、ユカちゃんが聞きとがめる。
「東京に連れ戻す!?」
「その話は長くなるんだ。それより、幹侍郎ちゃんになにがあったか教えて」
「いいの? その子は?」
「平気。やちよちゃんは本当は抗生教の幹部で、幹侍郎ちゃんのことを相談した相手だから」
「幹部? 相談? なにを? まぁいいか、それも長そうだし、私の話が先ね。その……、幹侍郎ちゃん、動かないって」
ユカちゃんの発言の内容が重大すぎて、頭が理解を拒む。
またしても間の抜けた声が、私の口から漏れていた。
「……へぁ?」
「幹侍郎ちゃんが動かない? もう少し詳しく教えて?」
私はただびっくりして声にもならないアホみたいな音しか出せなかったけど、ハルカちゃんは流石だ。しっかりしている。
「幹侍郎ちゃんが動かないって。眠ったまま目が覚めなくて、まったく動かないんだそうよ。もともと呼吸もしてないから、ただ長い間眠ってるのか、もう二度と目覚めないのかどうかわからないって。……窓が言ってた」
第十五章 了
次回更新は10月1日の予定です。
また、章終わりに合わせて活動報告も更新しています。




