……8月2日(火) 14:30 八日目:大宮・スタジオ前路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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あの車、よくある中型のバンに見えるけど珍しい車種なんだとか。実はユカちゃんが私達を送る時に使ってたのと同じ車で、興味が薄いせいで名前とかは忘れちゃったけど、前後のライトに特徴があるとかで見分けるポイントを教えてもらった。サブライト込みで光量を十段階ぐらい変えられるんだったかな?
どこかのおじさんが仕事の合間に一休みしてるのかな?
斯様にここは通行の邪魔にならず、ちょっと居るのにちょうどよい場所になっているというわけだ。
よれひーさんたちの大宮の拠点、初日に撮影をしたルームスタジオの前の道端。
車から降りて探検隊の最後の撮影。
「おつかれさまでしたー」「わー」
とか言えばいいやつで、特にここで意味のある会話なんかはしなくて良い。
映像としてそういうのを撮った後、出演者とスタッフ一同で輪になってよれひーさんが解散の合図をして、それがこの東京探検シリーズでの最後の撮影になった。
私達はこれから、大宮の宿として初日に泊めてもらった部屋に向かう。場所を覚えているので特に案内してくれなくてもいいということで、部屋の鍵は帰りの車中でぞっちゃんに渡されていた。
解散したその場所で、けんちゃんさんたちが車の後ろを開けて機材関係とみんなの旅行鞄が渾然と積まれているところから荷物をおろしている。
私の荷物は大きくないから出しやすかったらしく、先に渡してもらった。
道端は多少は広くなっているとはいえ荷物を受け取ったところに居続けると邪魔なので、私は漫然と宿にする部屋がある建物の方に歩を進める。鍵が来ないとどうせ入れないから急いでも仕方ない。だから歩くのはゆっくり。
私の次に荷物が小さいハルカちゃんが二番目に荷物を受け取った。
ぞっちゃんが荷物を受け取ろうとしている時「ササヤっ!」という声が聞こえた気がした。
あれ呼ばれたかな? とは思ったけど、この土地で私の名前を呼ぶ相手に心当たりがない。
似たような名前の人が呼ばれたのだろう。
どこかのマサヤくんとかサヤカちゃんとか。
聞き間違いだろうと心のなかでケリをつけ前に向き直ると、少し先に私を待つような姿勢でやちよちゃんが立っていた。
「やちよちゃんは、このあとすぐに教会に行く感じ?」
「それは別にいつでも大丈夫だから、できれば佐々也ちゃんたちと一緒に居たいんだ」
「そうだね。じゃあまず、宿に荷物置きに帰るから、一緒に行こう?」
「佐々也っ!」
やちよちゃんとそんなことを話してると、背後から肩を掴まれた。
今度ははっきり聞こえた。よく似た名前でなく、たしかに私の名前だ。
「え? は?」
びっくりして向き直る。
こんなところに知り合いは居ないはずだけど、肩まで掴まれたらここで呼ばれてるのは同名の他人でなく、流石に私だ。顔を見たら知ってる相手なのかもしれない。
もしくは番組を見てた人?
振り向くと、そこにはまさかの知った顔があった。
「……ユカちゃん?」
「そうだよ! 聞こえてる素振りあったでしょ、あんた」
「誰か別のマサヤくんかサヤカちゃんの事だと思ったんだよ。それにしてもなぜこ……」
こに、と言おうとしたところ、ユカちゃんに肩ごと引っ張られた。
「帰るよ! 早く車に乗りな! ハルカも」
「え? 帰る?」
「細かい事情は後。幹侍郎ちゃんが大変なんだよ。あんた携端の連絡見てないでしょ?」
「携端? 幹侍郎ちゃん? え?」
揉めてるらしい事に周りのスタッフさんが気づいたらしくて、けんちゃんさんを筆頭にして数人こちらに近づいてくる。
「佐々也ちゃんさん、なにかありましたか? 助けましょうか?」
「あ、ユカちゃんです、ユカちゃんです。初日に送ってくれた。家の方でなにかあったらしくて、迎えに来てくれたんです」
「え? ユカちゃん? ああ! ほんとだ!」
けんちゃんさんと川口さんが実力行使も辞さない感じで取りなしてくれようとしているので、慌ててユカちゃんであることを説明した。同じタイミングで、まだ荷物を受け取ってる途中のぞっちゃんがユカちゃんに遠くから声をかける。
「優花子〜! どうしたの〜? 私にも教えて〜!」
「護治郎のところでちょっとね! ぞには関係ないから!」
「え〜! 優花子ひどい〜!」
口ではそんな事を言っているが、ぞっちゃんに深刻そうな様子は見えない。あれでいて詮索してくる子ではないから、切迫した様子もあるし知らない名前も出てくるしで、明かされていない事情に関わらない方が良いかもしれないと思ったんじゃないかと思う。
「ぞっちゃんごめんね。私、行ったほうが良いみたい」
「佐々也ちゃ〜ん! 家に着いて一段落したら連絡ちょうだいね!」
「あー、うん。忘れないようにメッセでも送っといて!」
「ほら佐々也、急ぎな!」
「い〜よ〜。気をつけてね〜」
「うん。じゃあね!」
ぞっちゃんに手を降ってから、ユカちゃんが教えてくれた車に乗り込む。
さっき見かけた車、似てると思ったけど本当にユカちゃんの車だったんだ。
つまりジュースを飲んでたのはどこかの運転に疲れたおじさんじゃなくてユカちゃんだったのか。ユカちゃんとおじさんを見間違えちゃったかー。そう思うとちょっと面白くて、ユカちゃんの剣幕がすごくて笑ってるような場合じゃないのに含み笑いをしそうになってしまった。でもユカちゃんはそういうのを鋭く察して怒るから、頑張って堪える。
いや違う、そんなことはどうでもいい。




