8月2日(火) 14:30 八日目:大宮・スタジオ前路上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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8月2日(火)
14:30
八日目
大宮・スタジオ前路上
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来たときと同じ橋を反対向きに渡り、「ノーバーベキュー」という同じジョークをまた言い、段々と密集してゆく市内を見ながら大宮のよれひーさんのスタジオへ向かう。街中には車も多いけど、二輛だけの車列とはいえなかなかの存在感がある。
周囲のビルが高くなり車通りや人通りが増えてくると、やちよちゃんの口数が減った。
窓の外を見ているらしい。
「ここらへんの建物より、抗生教の本部のほうが大きいんじゃない?」
「そうかもしれないけどアレは見飽きてるから」
まぁ、それはそうか。
「やちよちゃん、大宮ではどうするの?」
「大宮の教会に泊めてもらうことになってるよ。そこで二泊ぐらいする見込み」
前日というのはTOX襲来の前日だろう。
教会というのはやっぱり抗生教の教会だろう。でもたぶん神社があるタイプというか宗教施設という意味の教会ではなくて、出張所みたいなことなんだと思う。
「明日は番組もお休みの予定ですけど、明後日にはレザミ・オリセの皆さんと一緒に振り返りの番組をするつもりなので、やちよちゃんさんもよかったら出演しませんか?」
「それは出れないなぁ。私は前日には絶対に東京に居なきゃいけないから」
「へ? 避難するなら大宮でも同じじゃないんですか?」
「東京でやることがあるんだ」
「戦闘部隊ではないのにですか? ……ああTOXの居場所が分かるという能力者でしたっけ。こうしていると普通の子みたいだから忘れてしまいますね」
と、よれひーさんがおどけた調子で言う。
やちよちゃんが東京に居なきゃいけないのは能力だけを頼られてるのではなくて、おそらくもうちょっと違う理由だろうと思うんだけど、私は口を挟まない。そもそもやちよちゃんが出られないなら私もその番組には出られないだろうから、なんとなく気まずい。
……どう言って断ろうか。
「そうだ。これはオフレコなんだけど、やちよちゃん、連絡先を教えてもらえますか?」
「私、連絡先なんて無いよ?」
「無い? ……あそっか、東京ではそういうこともあるのか。……またなんかの時に出演をお願いしたいかもしれないので、そういう時はどうやって連絡取れば良いですか?」
「抗生教に、やちよ宛で伝言してくれれば私まで来るけど……」
これはちょっと不自然だ。
私はやちよちゃんが抗生教で唯一のポジションに居るらしいことを知っているからたぶん届くのはのは分かるけど、普通の場合は名前だけでは伝言は届かない。
少し助け船を出しておこう。
「でも、やちよちゃんってよくある名前なんだよね?」
「そうれはそうだけど、そういう時は清水の名前……広報の清水さんを通してもらえば私だって分かると思うから」
「それぐらいしかないですか……。まぁ、仕方ないか。ありがとうございました」
「お礼を言ってもらえるようなこと答えてないけど」
そろそろ到着なので撮影も疎かになってきて、車の中で緩い会話をしているうちによれひーさんのスタジオの前に到着。
そこは大通りから一本脇に入った道で、歩道に並木のある余裕を持った作りになっている。その路地には利用しやすいよう少し広場になっているような場所もあって、車を停めて乗り降りしたりするのにちょうどよい。
この広場には同じように乗り降りに使う人や、一時的に停車して休憩している人なんかも居る。
一台の車がなんとなく目に止まった。
あの車、よくある中型のバンに見えるけど珍しい車種なんだとか。実はユカちゃんが私達を送る時に使ってたのと同じ車で、興味が薄いせいで名前とかは忘れちゃったけど、前後のライトに特徴があるとかで見分けるポイントを教えてもらった。サブライト込みで光量を十段階ぐらい変えられるんだったかな?
その車、遠くから見ると中に人が居て、ジュースかなにかをストローで飲んでいるらしい。
どこかのおじさんが仕事の合間に一休みしてるのかな?
斯様にここは通行の邪魔にならず、ちょっと居るのにちょうどよい場所になっているというわけだ。




