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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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……8月2日(火) 10:30 八日目:池袋宿所

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。


――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――

「わざわざお見送りありがとうございます」

「いえいえ。また来られる場合には私どもに声をかけてください。誰でも歓迎というわけではないですが、よれひーさんの取材でしたら信用できることがわかりましたので。あ、これはオフレコかな?」

「……そうですね、カットすると思います」

「東京は繊細な問題も多いですから、あまりたくさん外の人に来てほしくないというのが本当のところです。とはいえ外のお金をいただけるのもありがたいのですが、お金が無制限に流入するとそれはそれで抗生教体制が崩壊してしまう可能性もありますから……」

 なぜそうなるのかはわからないけど、教団側には教団の考えがあるのだろう。

 とはいえ私はこの訪問で、東京には外の世界で暮らしてはいけないような人ばかりが住んでいるわけではないということがよく理解できた。

「お世話になりました。その……」

 なにか総括になりそうな言葉を言おうかと思ったけど、上手くまとまらない。

 東京には明らかに住むのに適さない理由があり、それを避けることができたほうが良い。

 とはいえ、住んでいる人にとっては悪くない場所らしいということも感じられていた。

「その……TOXなんて来なかったらいいのにって思います」

「……そうですね。その場合、抗生教は無くなってしまうかもしれませんが」

 思っていたより硬い声の回答。

 おそらく、私がまだ知らない複雑ないろいろの事があるのだろう。

 思えばぞっちゃんがなんにも言ってないのは、こういうことになるかもしれないということをわかっているからなんだろう。ぞっちゃんが何も言わないなら私が言う番なのかなと思ったんだけど、そうじゃなかったみたいだ。どちらかというと、ぞっちゃんがあえて避けた地雷原に私がわざわざ足を突っ込んでみたってだけだ、これじゃ。

「あ、なんかすいません……」

「お気になさらず。言っただけでTOXが来なくなるわけでなし、TOXの事はそれこそ人類が五千年間解決できていない問題ですから」

「はい……」

「それよりも、お土産をもってきたんですよ。佐々也ちゃんさんにお礼ということで」

「私に……お礼?」

「ええ、どうぞ召し上がってください」

 そう言って清水さんが紙袋をくれた。

 袋に入っていたのは、これは……。

「おせんべい?」

 人数分の醤油せんべいが入っていた。コンビニなんかで見かける既製品に比べると形も不揃いで不格好に見えるけど、明らかにお煎餅だ。それが三つ。

「はい。これまで抗生教の配給では作られていなかったのですが、佐々也ちゃんさんをきっかけに、新しいおやつとして特別配給で作ることにしてみたそうです。せっかくだから、レザミ・オリセの皆さんに試作品を食べてみてもらって欲しいと」

「なるほど。……じゃあ、いただきます」

 私はそう言って袋を受け取り、ぞっちゃんとハルカちゃんに中のおせんべいを渡す。ハルカちゃんは「苦手だから」と言って、やちよちゃんにおせんべいをあげていた。

 私はもらったおせんべいを食べてみる。

「……おせんべいですね」

 硬すぎもせず、食べやすい歯ごたえのお煎餅だった。

 あえて言うならば、生地が少し分厚く不均一で重いところと軽いところがある感じだ。パリッという軽いお煎餅を食べたときの音なんかがあるとそれっぽいような気もするけどそういうのは無かった。味は少し濃いめかも。

 ただ、おせんべいってすごく色々あるから、そういうおせんべいの一種としてなら普通って感じ。好んで買って食べるかと言われたら他の選択肢次第かなと思うけど、他のおせんべいがなければ喜んで食べるとも思う。

 という感想を、そのまま口に出してはいけない。

 ……私だって学んでいるのだ。

 なんて言おうか……。

「あー。……えーっと」

「手作りっぽい、優しい味がして美味しい〜。味付けがちょっと濃いのも、お煎餅を食べたな〜っていう感覚が強くて嬉しい感じがします」

 私が言いよどんでいると、ぞっちゃんがその先を引き受けてくれた。

 褒め言葉が上手い。食レポで天下を取るならぞっちゃんがやりなよ。

「やちよちゃんは?」

「硬いし甘くない。これがお菓子なの?」

 そう言われた清水さんは困っているようだった。

「私も同じことを思って調べたことがあるんだけど、お菓子って食事以外の食べ物のことらしいよ。お煎餅は普通の食事だと味わえない歯応えがあったりして良いと思うけど」

 私はやちよちゃんにそう言ってなだめる。

「そうなの? まあ、佐々也ちゃんがそう言うなら……」

「さーちゃんそんなこと調べたことあるの? すご〜い」

「あ、いや。辞書になんて書いてあるか調べただけだけど……」

 なんとなく静まる空気。

★「……あ、そういえば! 配給所の人が佐々也ちゃんさんがお煎餅を食べたらなにかやってくれると言っていたんですが、わかりますか?」

「ああ! これですね!」

★ 清水さんの問に応えて、私は親指を差し出してサムズアップ。

★ そうしたら清水さんがなるほどという顔をしてスルー。

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