8月1日(月) 13:00 七日目:撮影・新宿見晴らし台
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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8月1日(月)
13:00
七日目
撮影・新宿見晴らし台
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目的地であるそこには抗生教の戦闘部隊が作った見晴らし台があった。
標高およそ五〇〇メートル。湖を眼下に見晴らし、眺望は最高だ。
でも見晴らし台なんて観光施設みたいな名前ではあるけど、休憩所とか自動販売機とかはもちろん無い。雑木を切り開いて杭を打って領域を確認しただけの簡素な広場だ。
見晴らして何をするかと言えば、要は監視だそうだ。
そりゃそうだ、戦闘部隊なんだから。
簡素ではあるものの確保されている領域は意外と広い。新宿の神社の境内の数倍の広さではある。野菜工場や新宿の蚤の市の広場なんかと比べると狭い。
どれぐらいか……。
ああ、折瀬の分校舎の運動場ぐらいの広さだ!
見晴らし台から見晴らすと、正面左手で輪の切れたクレーターの山容と、絶壁というほどではないものの充分に急峻な五〇〇メートルの崖の下に満々と水を湛えた青い湖。折よく空も晴れていて、結構な眺望だ。
清水さんからの説明によると、クレーター湖の直径は約六キロメートル。つまり向こう岸の山までの距離が約六キロメートルということだ。
私の住んでいた折瀬の近く……。いや折瀬からはそんなに近くないけど、ショッピングモールがある麓の街の近くには日本でも何番目かに大きい湖がある。ここのクレーター湖はそれに迫ろうという大きさだ。
私が何度か行ったことのあるその湖は、概ね楕円形で狭い方の対岸までの距離がおよそ八キロメートルぐらいなので、サイズ感的にはかなり似ている。私がその湖で対岸を見たのはいつでも湖水とほぼ同じ高さだったから地図以外では湖の形はわからなかったけど、この場所では上から、湖水までかなりの高さギャップがあって眼下の湖がすごくきれいな円形だということを見て取りやすい。
「わ〜、まんまるできれいな湖!」
そういってぞっちゃんが目を輝かせながら湖の方を見て、うーんと伸びをして大きく深呼吸。
「空気も美味しい!」
いやぁ、景色はともかく空気はどうかなぁ……。
ハルカちゃんとやちよちゃんとで話したTOXの塵埃と耐性菌の話を思い出す。
最初はハルカちゃんが言ってた空気がざらつく話だったんだけど、そういえばこの場所ではどうなんだろう……。せっかく思い出したし、聞いてみるか。
「ハルカちゃん、空気のざらつきって、ここはどうなの?」
と、ハルカちゃんに近づいて小声で質問。
「多いね」
「やっぱり……」
まぁでもぞっちゃんなら健康だし、ここ五千年の傾向からしても直ちに影響があるタイプの危険というわけではないから黙っておくか。知ってたらなんとなく気分が悪いだろうし、気分が悪いからって避けようもない。
「僕はねぇ、実はこの光景が見たかったんですよ。この、東京の中心にあるっていう湖をね。……感動するなぁ。天気が良くて本当に良かった」
よれひーさんも深呼吸をしている。
深呼吸はしなくていいけど、景色だけなら私もここの景色は好きだ。
* * *
「ねぇやちよちゃん、下の湖ってなんて名前なの?」
「え? 内湾かな」
「ナイワン湖?」
「あー、違う。下に見えるのは海。内側の湾で内湾」
やちよちゃんの言葉を咀嚼して飲み込む。海、塩水。
「これは海なのか……。ああ、そうか! 左の切れ目の向こうが東京湾だ」
「そうだよ。まぁ、ここも東京湾だけど」
「海に繋がってる湖ってこと〜?」
ぞっちゃんの言ってることはわかる。
そういう風に見える。というか、さっきまで私もそう思ってた。
でも違うんだってさ。
「あー、たぶん違うよ、ぞっちゃん。私は別にそういうことに詳しいわけじゃないけど、この下の水はたぶんほとんど純粋に海の水なんだろうね。ここに流れ込んでくる川がないもの」
「川がない? あっ、ほんとだね!」




