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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。
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……8月1日(月) 10:00 七日目:撮影・新宿駐屯所出口

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十五章 旅は終わり、終われば家に帰る。辞書にもそう書いてあったし。


――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――

「あー、うん。ぞ……みーちゃんカワイイよー」

「まだ余計なのが入ってるよ? もう一回言って」

 そう言いながら耳に手を当てて待つぞっちゃんをとりあえずおいて、私は小声でやちよちゃんに呼びかける。

「やちよちゃんも一緒にやろう?」

「え? あたしも言うの?」

「言うとお菓子買ってもらえるから」

 強化学習の一環として……。

 まぁ、お菓子に限らずこういう定番ギャグなんかは全部強化学習みたいなもんだ。

「じゃあやる!」

「せーのって合図するから、みーちゃん可愛い! ね」

「うん」

 私達の小声のふりをした打ち合わせが終わった頃を見計らって、ぞっちゃんがもう一度呼びかけてくる。

「あれれ〜? 聞こえてこないな〜」

「じゃいくよ。……せーの、みーちゃん可愛い!」

「みーちゃん可愛いー!」

「うーん、いい感じ。もう一回!」

「もう一回だって。もう一回お願いね。……せーの、みーちゃん可愛い!」

「みーちゃん可愛いよー!!」

「ありがとうありがとう。あっ! さーちゃんだけじゃない声が聞こえると思ったら、やちよちゃんも言ってくれたの!?」

 バレバレのところを大げさに喜んでみせるあたりに、芸の成熟を感じる。

「うん。言ったよ」

「ありがと〜。嬉しい! やちよちゃんも可愛いよ!」

「えっ、ほんと?」

「ほんとほんと、可愛いからお菓子買ってあげる」

 そう言って焚き付けたのは私だけど、どこでお菓子が買えるんだろう?

 目的地のクレーター湖を見下ろす見晴らし台にはさすがに売店は無いだろうし、新宿の露店にはお菓子も売ってた記憶があるけど元値に比べて軽く十倍ぐらいの値段になっていたはずだ。池袋にはお店がないし……。

「さーちゃんも可愛いよ? あれ、どうしたの? 微妙な顔をして」

「あー、いや。どこでお菓子買えば良いのかと思って……」

「聞いてなかった? やちよちゃんは大宮までお見送りしてくれるんだよ」

「えっ! そうなの?」

「その時、佐々也ちゃんはぼーっとしてたから」

 これはやちよちゃんのツッコミ。

「ああ、あの時か」

「もう、しょうがないな、佐々也ちゃんは」

 そう言いながら、やちよちゃんは私の腕を両腕で抱え込む。

「いやー、ごめんごめん」

「あ〜っ腕組んでる〜! いつの間に仲良しになったの〜? いいなぁー、私も〜!」

 そういってぞっちゃんはやちよちゃんを挟んで私の反対隣に並んで、はいっと言って腕を差し出す。やちよちゃんは私から片手を放して、その手でぞっちゃんの腕を掴む。

「えへへ」

 なんか嬉しそうだ。

 ぞっちゃんはスキンシップが多いというか、こういう輪に加わりたくてしょうがない人なんだけど、やちよちゃんの反応はちょっと意外だ。もうちょっとクールな人柄かと思ってた。

「撮れ高ありがとうございます。そろそろ一段落しましたか? これで台本じゃないんだからすごいですよ。台本じゃないんですよね?」

 番組で用意した台本でないことは知っているはずだけど、こちらで私的に用意したかどうかということだろう。もちろんそんなことはしていない。

「台本じゃないです。私がボーッとしてたのも台本外ですし……」

「そういえばそうですね。でも、進行が滞らなかったら台本なんて無くてもいいんだから気にしないでください。台本外で撮れ高があるんだから、こちらとしては儲けもんですから」

「はい……」

 別にそれほど気にはしてなかったんだけど、そう言われると申し訳ない気持ちが沸き上がってきてしまい、殊勝な態度になってしまう。

「あ、反省しないでください。芝居じゃないですから、本当に構成台本は仮のものでしかないですから。じゃあここで一旦編集点を作って……。はい、じゃあ出発の合図をしますよ、よれひー探検隊、出発進行、よろれいひー!」

 手筈だとここで拍手なんだけど、やちよちゃんに腕を掴まれているのでちょっと拍手がしにくい。ハルカちゃんとか周りのスタッフさんとかがやってくれてるから、まぁ良いか。

 やちよちゃんは腕を組むというだけのことに、意外なほど喜んでいる様子だ。そもそも特殊な身の上だし、なにか事情があるのかもしれないとも思う。

 そのやちよちゃんを振りほどいてまで拍手をしなきゃいけないほどじゃない。

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