……7月30日(土) 20:00 五日目:抗生教池袋宿所・通話
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十四章 街道を行く。新宿〜池袋。
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「会津の白虎、知らないの? 白い虎形の獣人で、つい先日、一個小隊のTOXに単騎で立ち向かい、近所の神社で拝受した八尺余寸にもなる御神刀の大段平で青虫を一刀両断にしたというあの豪傑! ここまで噂が聞こえてくるぐらいだから、有名なんじゃないの?」
窓ちゃんの視線が泳いで明らかに挙動不審になった。
やっぱり心当たりがあるみたいだ。窓ちゃんは白虎と言うより白地の三毛猫だけど、虎っぽいと言えば虎っぽいのかも。というか、大型の猫科の動物はなんだってどことなく虎っぽいってだけのような気はする。
「……私はそんなことしてない」
窓ちゃんの否定の言葉にやちよちゃんの顔に驚きがひらめく。
「……え? まさか本人?」
「そういう名前で噂されてるって聞いたけど……、わ、私は一刀両断なんてしてないよ……」
窓ちゃんはその言葉をこちらにではなくゴジに向けて言っている。
あんまり戦闘力が高いと怖がられると思ってるんだと思う。私はこっそり見たけど、実際怖かった。
「うん。持ってたのは大段平じゃなくて薙刀みたいなもんだったわけだからね」
「そっちじゃなくて……一刀両断の方。私、そんなことしてない」
そこがこだわりどころなんだ……。
私は見てたから知ってるけど、青虫に轢き逃げされそうなところで両方弾け飛んで相打ちみたいな感じだったはず。見てないことになってるから黙ってるけど……。
「うん、わかった。覚えておく」
「よかった……」
ゴジはここで、じゃあどうやって? とは聞かないんだな。
私なら聞いてしまいそうだ。
「青虫なんてちょっとやそっとで倒せるようなものじゃないと思うけど、どうやって勝ったの?」
やちよちゃんは聞くらしい。
「それは……、あっちが体当りしてくる勢いを利用して、槍の柄を刺したの」
「へー」
窓ちゃんの回答にやちよちゃんはあっさり納得。
私はよく見えてなかったけど、あれは槍の柄を刺してたのか。
金属の棒なんてそうそうどうにかなるもんじゃないと思ってたけど、道理で壊れるわけだ、みたいな納得はあった。言わないけど。
「やちよちゃんは、よくそんな呼び名を知ってたね。私は知らなかった」
「うん……。立場上、東京以外でもTOXとの戦いの噂が聞こえてくることはよくあるんだ。名前まで耳に入ることはあんまり無いから、外でも有名なのかと思ってた」
「やちよちゃんは……えーと、なんて言えば良い?」
やちよちゃんを紹介しようと思ったんだけど、上手く説明できない気がしたので自己紹介してもらった。
やちよちゃんは自分のことを抗生教の巫女だと呼んでいた。
教主という身分は明かさないようだ。
わかった憶えておく。
やちよちゃんの着てる服は巫女さんっぽくない普段着って感じだけど、通話の向こうの二人は別にそれは気にしないらしい。まぁ、普通に考えたらどこの巫女さんも勤務時間外に巫女さんの衣装着てるわけはないもんな。
「例の巨大ロボットの男の子は居ないの?」
「幹侍郎はもう寝ちゃったよ。あと、幹侍郎本人の前ではその呼び方はしないでほしい。……できれば僕の前でも」
「その呼び方? 巨大ロボットってこと?」
やちよちゃんのあっさりした問いかけにゴジは非常に強い感情を込めているらしい様子で、声は無くうんと頷く。
「わかった。それは失礼した」
なんかやちよちゃんの口調がいつもと違う感じだ。
それでいて、呼び方についてはすっと納得したりして、ちぐはぐな印象ではある。
「それでなんの話をしてたの?」
「TOXに狙われてるのは私かもしれないから、次の襲撃の時には東京に居るつもりって話」
「えっ? 佐々也はTOXの時、帰って来ないの? しかも東京? 枝松と一緒に大宮じゃなくて?」
「ああ、そこの話はまだだったよね。そう、東京に居る予定。大宮じゃないのは……、たぶん狙われてれる私が大宮に居るとTOXも大宮に行っちゃうからだと思うけど……」
視線でやちよちゃんに会話を繋ぐ。
やちよちゃんは受け取ってくれ、うんと頷くけど、まず訂正された。
「うん、東京に居るように言ったのはそう。大宮にTOXが行くと困るから。でも、正確には佐々也ちゃんが狙われてるんじゃなくて、佐々也ちゃんがいる地域にTOXが来やすいんだよ。佐々也ちゃんが狙われてるわけじゃない」
「それがどういうことなのかちょっと良くわからないというか……。私が居るところに来るなら、私が狙われてるってことじゃないの?」
ん? なんか前にも似たような話をしたことがあったような気がする……。
「狙っているものがあるとすれば、線の方なんだよ。線そのものが狙われてると言うより、線が多いところを狙ってる。佐々也ちゃんにはその線がたくさんくっついてるだけあって、目的が佐々也ちゃんなわけではないし、線そのものはどこにでもありふれたものだから、佐々也ちゃんが狙われてるっていうのはちょっと違うんだ」
「……違いがよくわからない」
やちよちゃんの説明に窓ちゃんが不満そうに答えた。
「違うでしょ。えーと……」
やちよちゃん自身もあんまり上手く説明できないらしい。
何かを思い出すように上を向いて、そのまま言葉を詰まらせている。
そこにゴジが助け舟を出してくる。




