……7月30日(土) 20:00 五日目:抗生教池袋宿所・通話
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十四章 街道を行く。新宿〜池袋。
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「そうだよ! 佐々也ちゃんと話してたの」
と、私ではない相手に呼びかける窓ちゃんの声が聞こえる。
大きな声を出しているようだけど、聞こえてくる音は小さくなった。携端を口元から離したようだ。
「僕も佐々也ちゃんと話したい!」
「窓ちゃん、ローカルのペアリング要求が出てると思うからそこをタップして、そこからルーム共有して」
「うん」
そういえば、地下に電波が通るようになったってことでいいんだろうか。
考えてみれば幹侍郎ちゃんと通話ってどうやってやるんだろう? 考えてもみなかったんだけど、幹侍郎ちゃんの携端があるわけでなし、普通にしてたらできないやつだよな、これ?
つまり、さっきゴジが準備するって言ってたのはこのことか。
通話をしているルームにユーザが入ってきた。
「佐々也ちゃん、聞こえる?」
割り込んできた破れ鐘のような音。
うわ、うるせぇ!
急いでスピーカー音量を下げる。
「聞こえるよ―」
「あっ、佐々也ちゃんの顔が見える。おっきい!」
「こっちからは声しか聞こえない。でも私のこと見えてる?」
せっかくなので持ちギャグということになったサムズアップをやってみる。
「……佐々也ちゃん、親指どうかしたの?」
「なんか、私の持ちギャグということになったからやってみたんだけど……、まだ動画出てないっけ? あ、今日のやつだったわ」
「佐々也ちゃんが番組でやるの? どうやるの? 教えて!」
「え……、親指を上げるだけだけど……」
「こう?」
幹侍郎ちゃんはそう言うけど、アプリの幹侍郎ちゃんのスクリーンは黒いまま。要は音声のみのチャットなので見えない。そこに並んだゴジの携端側のスクリーンもオフ。
「見えないな―。こっちには声しか聞こえてこないから……、そうだ、ゴジの方のカメラをオンにして幹侍郎ちゃんに向けてよ」
「いいけど……、これで見える?」
ゴジの携端側のスクリーンに映像が出る。
暗い中に私の顔が大きく写っているスクリーンと、その手前にぼんやりとした光暈をまとった幹侍郎ちゃんの姿が見える。あまり明るくない部屋の明かりの中で、背後に光るスクリーンの光が幹侍郎ちゃんに光輝の輪郭を産み出しているらしい。
なんとなく神々しくて面白いと思ったのでその姿をスクショする。
輪郭だけであまりはっきり見えない幹侍郎ちゃんはカメラのこちらに向き直って、どうやら拳を突き出して、親指を上げているようだ。
「遠いけど……見えるね。そうそう、そういうのそういうの」
「これね、覚えとく!」
そう言いながら、幹侍郎ちゃんは背後にある大きな画面の私の顔の方に振り向く。顔面の絵がある方に向かう方が話しやすいらしい。こういうのは人間なら誰でも同じような気がする。画面内の幹侍郎ちゃんの後頭部を見てこっちを向いてほしいなぁって思ってるんだから、私だって変わらないのだ。
……そういえば、ハルカちゃんは平気で虚空に向かって話していた、ということをちょっと思い出す。
しかしこうなんというかこの親指を持ち上げるやつ、なにひとつ難しい所作でもないし、私も親指運動の権威というわけでもないんだけど、なぜかこういう遣り取りをするのが当たり前のように思われている気がする。東京でも、折瀬でも、申し合わせたわけでもないのにそこは変わらない。
なんとなく、マカク類の文化行動が百匹に広まったことで集合意識が意識進化してテレパシーで遠くの別の群れに伝播したというオカルト説のことを思い出した。(この話は、なにかの例え話で使われた作り話がもっともらしく広まっただけらしいけど)
いや、持ちギャグということになったから、私にそのつもりがなくても周囲からは権威とみなされているのかもしれない。つまり意識進化じゃなくて、誰かをなにかの権威とみなす認識の仕組みが東京と折瀬で変わらないってだけのことかも。そりゃそうだ。私の持ちギャグなんかで進化してたら、集合意識だって忙しすぎて身が保たないはずだし。




