……7月30日(土) 20:00 五日目:抗生教池袋宿所・通話
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十四章 街道を行く。新宿〜池袋。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
それにしても、この時間にまだ窓ちゃんがいるのか……。
なるほどゴジに彼女ができるってこういう感じか、という変な納得感がある。
窓ちゃんだから良かったようなものの、これがもうちょっと良く知らない人だったらどうしたらいいのかわからなくなるところだった。
あれ? 二人はもう付き合ってるんだっけ? 窓ちゃんが告白すると言っていたところまでしか知らんぞ。そのあとどうなったんだっけ?
とはいえいま聞くのもなんとなく微妙ではある。
そしたら窓ちゃんとなに話そうかな……。
窓ちゃんとは普段はなに話してたっけ?
えーと……。
と考えてたら窓ちゃんから話しかけてくれた。
「そうだ、佐々也ちゃん。毎日見てるよ。番組、面白いね。一昨日は別の話があったから、あんまり番組の話できなかったけど」
「ありがとう。なんか、人気あるみたいで良かった……のかなぁ?」
「ふふっ。みぞれちゃんも生き生きしてるし、佐々也ちゃんはいつもどおりだし、安心する」
私と話をしながら、窓ちゃんも移動しているらしい。
「安心するっていうのははじめて言われたかも。みんな面白い面白いとは言ってくれるんだけどさ。私は普通にしてるから、面白いって言われてもあんまり褒められてる気がしないというか、なにか私が間違ってるような気まずい気持ちになるんだよ」
「えっ? えっ? 佐々也ちゃんは面白いけど、別に間違ってるなんて思ってないよ……」
「あっ、別に窓ちゃんに言ったわけじゃないんだよ。でもなんかどこに行ってもカオスカオス面白い面白いって言われちゃってさ……。カオスなのはまあまあ自覚があるけど、面白いの方は本当にわけがわからなくて……」
「私も前に考えたことあるけど、佐々也ちゃんが面白いのは変なことを言うからじゃなくて、私とか他の人が思いついてないことを言ってくれるからだと思う。あ、ちょっとまって、十五秒」
待ってと言われたので返事をせずに素直に待つ。それで、言われたことを考える。
思いついてないことを言う? 奇抜な発想、みたいなことだろうか? でも、私は手元にあることだけを順繰りに考えてるだけで、道筋通りに考えたら意外性のあることなんて言ってないと思うんだけど。
通話先からはカタカタカタカタっという短い間隔の軽い金属的な足音が聞こえてくる。
「お待たせ」
「梯子?」
「うん」
「すごい速さで降りたね……、まぁそれはいいか。そうそう、そういう感じなら、みんなもうちょっと面白い以外の褒め方をしててくれると思うんだよ。だから違うと思う」
「それはみんなびっくりしてるからだって護治郎くんが言ってたよ。私もそうだと思う」
「え? ゴジが?」
「あっ……。うん、一緒に番組を見ながらそういう話になって……」
「そっか……」
コツコツと、少しの間、会話がなくて窓ちゃんの足音だけが聞こえるような時間になった。相手も窓ちゃんだし、無言でも別に気まずいということはない。
番組の収録とは違って、こういうところは楽で良いなって思う。
こういう時間は好きだ。
一人で座っていて、なにかに引っ掛けたりしないか、誰かにぶつかったりしないか、聞こえてくる音に察しなければいけない有意味な情報はないか、そういうことを気にしなくていい穏やかな気持ちと、友達と一緒にいるという楽しい気分。
目を閉じて無言の時間を享受する。
こういうとき、窓ちゃんも隙間を埋めるような話はせず、無理には喋らないでいてくれる。別に気を使ってそうしてくれているというわけでもなく、窓ちゃんはいつでも窓ちゃん自身が必要だと思ったときにだけ喋る感じだ。必要といっても用件のことだけじゃなくて、嬉しいことがあったら教えてくれるしなんでもないことを言いたければ言ってくれるから、窓ちゃんも好きで黙っているってのは間違いないと思ってる。
通話から聞こえてくる金属床の足音を聞きながら、ふと思いつく。
告白の結果を聞くとしたらいまかな?
「ねぇ……」
と、声をかけようとした時、遠い音で幹侍郎ちゃんの声が聞こえてきた。
「あっ、窓ちゃんが来た! それ、佐々也ちゃんと話してるの?」
「じゃあ佐々也ちゃん、またお話しようね」
窓ちゃんはそう言って、携端から幹侍郎ちゃんに意識を向け直したらしい。
「そうだよ! 佐々也ちゃんと話してたの」
と、私ではない相手に呼びかける窓ちゃんの声が聞こえる。
大きな声を出しているようだけど、聞こえてくる音は小さくなった。携端を口元から離したようだ。




