……7月30日(土) 13:00 五日目:撮影・池袋塚地下居住地区
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十四章 街道を行く。新宿〜池袋。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「縦移動っていうのは、どういうことですか?」
「街道同士が同じ深さで交わることがほぼ無いので、別の街道に乗り換えるときには深さを変えるために急な坂の上り下りがあるんです。あちらの副都心街道に繋がるような坂道が、宿場の中に存在している感じです」
坂道と言って指さされたのが副都心街道に繋がるという下り坂。
下ったところに点いているのであろうぼんやりとした光が下からせり上がってきているような妙な光景だ。遠くから見ると、よくある階段みたいにしか見えない。ただまぁ、宿場というのを構成する部品として、こういう縦移動の坂道というのはよくあるものなのだと思う。
「ほぼない、ということは、同じ高さで交差する場合もあるんですか?」
「交差はしないですね。並走して、宿場が横に並んで広くなっている場所は所々あります」
「あ、そういうパターンもあるんですか。それは確かに便利そうだ」
「それが、便利かどうかで言うとそれほどでもないんですよ。広場は縦長の細切りになっていますし、街道の乗り換えは宿場の手前や奥でやりますから結局狭いので。坂の上り下りがない、というところは大きいとしても」
「そんなもんですか」
そういえば、『宿場』という呼ばれ方だけど、実際に寝泊まりをする場所というより、人が集まる場所というぐらいの意味なんだそうだ。実は宿場は太陽系時代には駅と呼ばれた場所で、電車からの乗り降りをするいわばバスの停留所にあたる場所なんだと、ハルカちゃんが補足してくれた。
さっき思った「すごく細長い島式停留所」という印象は、かなり正しかったわけだ。
他にも、今の池袋の町というか塚は池袋駅の遺構の上に建てられているとか、池袋というのは地名でもあり駅の名前と同じであったとかいろいろな豆知識をハルカちゃんは披露していた。
しかしなんというか、またしても他の場面であまり役に立ちそうにない知識ではある。
清水さんも「駅というのはそういう意味ですか」と感心していた。
清水さん自身も『駅』という言葉自体は知っていたそうな。なんでも遺跡にはときおり案内板や石碑があり、そこに『駅』って書かれていることがあるんだって。なにぶんにも遺跡自体はとても古いものだから、そういう案内板が絶対にあるというわけでもなくて、むしろ見当たらないことの方が多いらしいけど。
駐車場のあたりは下り口付近よりは明かりが少なくて、明るさは街道のその他の場所と同じぐらい。目が馴れて逆に様子を見て取りやすくなったかもしれない。いまの明るさとしては、明るめの夜道ぐらいの感じ。つまり折瀬に例えると、暗闇の中に救済措置のようにランタンが置いてあるうちとゴジの家の間の直通の道よりはだいぶ明るくて、夜祭の屋台が並んでいる道よりは暗い。お店が半分閉まった川辺通りぐらいだ。
駐車場は暗いということで、カメラの都合で少し明るいさっきの降り口のところに戻って、街道の印象を聞かれた。「どうですか、街道は」だって。
「まだ街道はあんまり見れていないからよくわからないけど、昨日からよく話に出る電車ってどういうものだったのかって考えてしまいますね」と、手元にある内容だけでできる話をひねり出す。
「というと?」
これはよれひーさん。具体性がなさすぎたか。
私もあんまり考えての発言じゃないんだけど……。
「えーと、たとえばこの段差ですけど、一メートルぐらいの結構大きな段差だから電車というので乗り降りするのも大変そうだなーとか、なんで道が掘ってあるのかなーとか……」
「宿場はどこもこんな感じで道が低くなってるんです。理由は……知らないですね。浸水対策とかですかね?」
清水さんも知らないそうだ。でもそれをハルカちゃんが補ってくれる。
「これは、電車の乗り降りをするためにこうなっているんだよ。乗客が乗っている車両の床面と、この台の上の高さがだいたいおんなじぐらいなの」
「え? こんなに高いところで乗り降り?? タイヤがすごく大きかったとか?」
私はこの時、席に上るための踏み台がついている、ダンプカーの運転席を思い浮かべている。
「あーちがう。……たぶん車両の形がイメージと違うんだね」
「ど……どんな形? 車ってそんなに色々な形があるとは思わないんだけど……」
「えーと、電車の客室って単独の細長い鉄の箱みたいなもので、その下側にいくつも独立した荷車があって、その客室の箱を載せているみたいな構造になってるの」
「??? ん?」
「ミニカーを三つぐらい縦に並べて、その上に長細いクッキーの紙箱を載せてるみたいな構造ってこと。そのクッキーの箱が客室」
ハルカちゃんの説明通りの材料でその姿を思い浮かべてみると、けっこう変な形だ。
でも思い起こしてみれば、大型のトレーラーの荷台側というのがそんな感じの構造になっているような気はする。とはいえトレーラーだと荷台は単なる台だけど、客室ということは屋根壁のある閉鎖空間だし人間が歩き回るとしてそれなりに高さも必要になるだろう。つまりそういう台の上に縦長の箱が乗ることになるんだろう。
ああ、あまり大きいものでなければコンテナを載せてるトレーラーも思い浮かぶな、そういえば。トラックのコンテナみたいなところに人がひたすら詰め込まれて、荷台と同じ高さのところに乗り降りする感じか……。その、荷台と同じ高さの台が、この宿場の広場ってわけね。イメージができてきた。
そういうコンテナに昨日ハルカちゃんが言ってた二五〇〇人……は人数が多すぎて具体的なイメージとして思い浮かばないから、とにかくたくさんの人が乗るとなると……。




