……7月30日(土) 13:00 五日目:撮影・池袋塚地下居住地区
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十四章 街道を行く。新宿〜池袋。
16:30
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また同じ日の撮影。
地下居住区からの流れで、池袋の地下通路、通称『宿場』も見せてもらった。
やたら急峻な坂道を降りて、「ここが宿場です」と言って通してもらい降りた先はやたら細長い広場の中ほど。
宿場とはなんのことか?
まぁこの感じだと場所の名前なのだろう。
別の場面で「宿場」という名詞を聞いたのは古文の時間だったはず。昔、自動車もない時代、遠くまで旅をする時には多くの場合に徒歩で移動していて、主要な道の途中の所々に足を止めて休む町、夜には宿泊できる町があって、そこを宿場と呼んでいたはずだ。そういうのが出てくる時代劇を見たことは……あったかな? どこかの宿場の旅館みたいなところに宿泊しているシーンは見たことがあるかもしれないけど、町並みなんかの記憶はない。
しかし宿場?
太陽系時代、池袋に一日何百万人も出入りしていた時、遠くから用事で来た人が地下に宿泊したりしてたんだろうか? 地上には宿を作る余裕もなかったとか?
わからん。
わからないけど、きっと何かの時にわかりやすい説明があるのだろう。
撮影中、清水さんはカメラの横で口頭で説明をしながら映像を作っているので、割り込んで説明を要求するのも忍びない。
一般に地下空間に入ってくる階段というのは壁の中に埋め込まれているとか、壁沿いとかにあることが多いと思うのだけど、ここでは広い通路の真ん中に上から降りてくる感じになっていた。自分が知っているものに例えると、ショッピングモールにある中央通路のエスカレーターなんかではこういう場所に降りる場合は多いような気がする。でも、池袋ではエスカレーターでなく階段。(そもそも、東京に来てからエスカレーターを見たことはない)
実際に降りてきた広場はこれまでよりもさらに薄暗く、そして本当にやたら細長い。天井の高さは普通よりちょっと高いぐらいか。
狭い方、つまり幅は十メートルほど。そちら側は薄暗い中でもしっかりと壁が見えるのに、向こうの端がどこになるのかよくわからないぐらい遠い。暗くて見えないという感じでもない。暗いのは暗いんだけど、片方の壁に薄い明かりがずっとあるので闇の中で手がかりがないということではない。
ただ細かい距離感が失われて、けっこうな遠くまで広場が続いていることだけが分かる感じだ。
第一印象は広場ではあるんだけど、縦に長く横に狭いこの形はどちらかと言えば通路に近いように思う。
よく見ると、広場の長い方に沿って両側が落ち窪んでいるようだ。
清水さんはカメラに向かってこの部屋の広さの話をしているので、ちょっと隙を見計らってカメラから外れてその窪んでいるところを見に行った。壁には照明が有る方と無い方があるのだけど、無い方。暗い方。
行くと言っても三メートルほど、ちょっと二三歩という感じである。
「あっ、佐々也さん! そこ段差あるから気をつけてください!」
と、カメラに説明をしていたはずの清水さんから注意を受けてしまった。
「その段差が気になって……。ここ、なんなんですか?」
下を除くと、段差は結構高い。ぼんやりと薄明かりでぎりぎり見える感じだと一メートルぐらいか? 降りることはできるけど、登るのは難しい高さだと思う。
幅は三メートルぐらいで、けっこう広い。通路の広さの四分の一ぐらいが、それぞれ両側で落ちくぼんでいる。それが壁沿いにずーっと続いている。
段差と言うより溝なのか? 溝と言うには大きすぎるような気もするけど。
「そこが実際の『街道』です」
「街道……というのは?」
「東京の多くの部分を繋いでいる、地下通路網です」
「街道っていう名前なんですか〜? 大きい道のことだ〜」
喋って良いと判断したらしいぞっちゃんが、すかさず挟んでくる。頼もしい。




