……7月29日(金) 19:00 四日目:抗生教池袋宿所屋上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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「環境保護団体は今だってあるよ。生物の多様性を守らなければならない、みたいなやつ」
「当時は、増えすぎた人類のせいで地球が生き物の住めない星になってしまうかもしれない、とまで言われていたの。温暖化や乱開発、生物資源の搾取みたいな、人間の活動のせいでね」
「はぁ……」
なにを言いたいんだろう? いま何の話だっけ?
耐性菌の話だっけ? 人間がなんで地球にとって病原菌と考えるのか、だったか。そんな話を詳しく突き詰める必要あるか? その手前ではもっと差し迫った話をしてた気がするんだけど……。
あ、なんで私が東京に残ることをやちよちゃんが奨めるのか、だった。
話が逸れまくってるな……。
「まぁつまりね、地球の状態をひとりの人間に例えるのはそんなに珍しい話じゃなかった時期もあるんだよ。こういうのをガイア理論っていうの」
「うん。ありがとう」
五〇〇〇年前のフィクションの流行を説明してもらってもなぁ……。
「話をまとめると、やちよちゃんが私を東京に引き止めたのは地球――つまりハルカちゃんが説明してくれたガイアさん――が意図したことで、ガイアさん的には人間が増えすぎると病気になるから増えすぎないでほしいけど、TOXさんが人間を殺す薬を投与してきたら人間が耐性菌みたいな強い子の能力者になるよう、能力者が集まっている東京にTOXの攻撃を集めたい。それでTOXに攻撃されやすい私が東京に居たほうが良い……。支離滅裂では?」
「こうしてまとめると酷いね……」
「そもそも、この話だとTOXはなんで地球の病気を治そうとしてるの? それに地球は治療に抵抗していることになるし……。ガイアさんの意思についてはやちよちゃんがあるって言うからそうなんだとして、TOXの方にはなにか意図があるのかね?」
「TOXに意図があるような言い方は感心しないんだけど……」
「それを言うならガイアさんだって酷いもんでしょ!」
こういう時、なんで感心しないと言われてしまうのかというと、『意図』という存在しない原因を仮定してしまうことで、起きている出来事の観察眼に色眼鏡を掛けてしまうことになって、間違いを誘発することになるからだ。
でもそれならガイアさんだって同じ事なのだ。
「それは本当にそう。さっき進化の話をしていたから、つい癖で言っちゃった。今はどうするか決めなきゃいけないから、とにかく多くのことを関連付けて頭を整理しないといけないんだよね……」
「そう言われると、ガイアさんもTOXさんも手早い理解の助けにはなるもんな。この場では有りにして考えることにするよ」
つまり、TOXさんが私の居る辺りに攻撃を仕掛けてくることをガイアさんは認識しているらしく、その作用を利用するためにガイアさんは私を東京に置きたがっている……。
これは私の意思が介在する余地がないというか、相手の規模が大きすぎて私がどう思っていようともガイアさんにもTOXさんにも影響がない感じがする……。私はあまりにもちっぽけなガイアさんの一部だなこりゃ。耐性菌の気持ちが理解できそうな気がしてくる。
耐性菌の気持ちとか現実感が薄いんだよなということが面白くなってしまい、急に冷静になってきた。
ガイアさんの気持ちとTOXさんの気持ち、私が推測する意味あるのか、これ?
「そういえば叡一くんが似たようなこと言ってたね」
「高階者ね、高階者。でも、そういう話だとするとガイアさんも高階者なんじゃない? そうだやちよちゃん、どう?」
「あ、私が居るの覚えてた? で、どうって何が?」
覚えてたし、気にはしていた。んだけど、私とハルカちゃんの間で話が噛み合わないから、そこの調整が必要だったんだ。それもいちおう、話が通じるようにはなった。
それで、その先に話をするのにやちよちゃんの知見が必要になったんだ。
率直に聞いてみることにする。
「地球って高階者なの?」
「知らないよ。そもそも高階者ってなに?」
「えーと、この状況を作り出してる上位存在、とかなんとか……」
叡一くんが言ってたことを要約するとこんな感じになったはずだ。
ただ、ハルカちゃんと話をしていて、少し意味がわかった気がする。細胞だって個別にそれぞれはまぁまぁ生きているわけで、その全体が集まった人間なりの生物もそれはそれで生きている。人間が口で喋ることがそれぞれの細胞にとって意味があるかと言えばきっと違うはずなわけで、そういう意味で『階層が違う別の生物』とは言えるかもしれない。
一階に対する二階という意味じゃなくて、そういう意味での『高階者』なわけだ。
「私が知る限り、地球は自ら望んで今の状況に居るわけじゃないから、違うんじゃない?」




