……7月29日(金) 19:00 四日目:抗生教池袋宿所屋上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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「体が金属? つまり機械なの? ハルカちゃんってロボット?」
「その言い方は、私にとっては侮辱になるよ。……それが侮辱だって知らない相手に怒ったりはしないけど」
「侮辱になる? じゃあロボットじゃないかもね。ロボットは侮辱なんてわからないし」
ロボットに侮辱はわからない?
そうなのかなぁ?
侮辱がどういうものなのかはっきり決めておけば、ロボットにだって侮辱はわかりそうなもんだと思う。そもそもわかるかどうかという判断をするという性質を問題にするなら、それが含まれる集合はロボットと言うより人工知能という気がするし、なんというかやちよちゃんの理解はもっと雑なものだろうという予感がある。
誤解なのか理解が早いのかわからないけど話は通じるし突き詰めるとキリが無い。ここではそのまま話を進めてしまう方がいいだろう。
「でも、金属っていう所は本当みたいだね。……だからか」
やちよちゃんはハルカちゃんの方をじっと見つめてなにかに納得している。
「やちよちゃんはさっき言ってた線を見てるの?」
「ま、そんな感じ。あれ? でも、東京には体が金属の人も居るんだけど、ハルカちゃんのはそれとも違う感じだね」
やちよちゃんがなにを見て分かって、どういう判断をしたのか、細かい部分がなにもわからない。けど、詳しい説明をいま求めるのはきっと無理だ。
「とりあえずハルカちゃんの材質の話はもう進まないから、いったん置いておこう。それで、私も興味あるんだけど、ハルカちゃんは星空って見たことある?」
「……見た記憶はあるよ」
「やっぱり、ここに来る時に見たの? ダイソン球の外側ってどんな感じだった?」
ハルカちゃんはなんとなく不服そうだ。
私が雑に話を流したせいかもしれない。
そのハルカちゃんの答えに、やちよちゃんは今度はあっさりとハルカちゃんが外から来た前提で話に乗ってくる。
私はこういうタイプの一貫性の欠落がしばしば気になるタイプなんだけど、世の中ではこういうのってあんまり気にされないことが多い。もしかしたらみんなも気がついてはいるけど口に出さないだけかもしれない。私も整合性が気になることはあっても、全部のことを口に出して言うかといえばそうでない場合が多い。
「ここに来る途中で見たわけじゃないよ。宇宙に居たのは種子の状態だから。見たことがあるのは、種子に分枝する前の記憶」
種子? 分枝? どっちも初めて聞く話だ。
生えてきてたってことは、その前の状態があって、それが種子で、更に種子になる以前の人間の形の状態があって、そこから種子が作られるのが分枝なんだろうという想像はつく。想像はつくけど、気になる。
けど、さっき私が進んで話を流しちゃったし本題でもない。これは後で聞けばいいや。
「え? 星空って、どこでも見られるの?」
「どちらかと言えば、空が見えるのに星空が見られない場所の方が希少だよ」
星空が見える空と星空が見えない空の比較?
生まれてから今まで、そんな比べ方があるかもしれないと考えたことは無かった。
日常で触れるフィクションとかでダイソン球の外、星の見える風景を思い描くことはあったけど、星空が見えないのが普通すぎて、星空が見える方が普通だとは思いつかなかったんだろう。
しかしそれにしても、希少価値があると言われてもこれは別に嬉しくない。
「確認も終わったことだし、星の話は後回しにして本題に入ろう。それで、ええっと。やちよちゃんの話によると、私がTOXに狙われてるって?」
私だって話がとっ散らかりやすい方ではあるんだけど、流石にこの件は別だ。
私が話を戻すと、やちよちゃんも「そうだった」みたいな顔をしている。
「佐々也ちゃんが狙われるわけじゃない。TOXは個人を狙ったりしないんだよ。問題がありそうなところを潰しに来る。だからTOXから見ると、佐々也ちゃんがいる場所が問題の有りそうな場所に見えるってこと」
これは……、やっぱり聞いたことがあるやつだ。
「コンプレキシティ、ってやつ?」




