……7月29日(金) 19:00 四日目:抗生教池袋宿所屋上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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「あ、ほんとに来た」
ドアから出てきたばかりのハルカちゃんを手招きする。
ここ、ここ、という感じで私の枕元とやちよちゃんとの間の辺りの空間を示す。
「え? ハルカちゃんが来た? どうやって?」
私とハルカちゃんが挨拶していると、やちよちゃんは虚を突かれたような顔をしている。
「編集会議での出番はもう終わってたから、帰ると言って、部屋を出て階段を上がって、ドアを開けてだよ。普通だと思うけど」
「でも私にはわからなかった……」
私が屋上に出てきたのはすぐに判ったらしいのとは対照的だ。
やちよちゃんはハルカちゃんの移動を察知できなかったことにショックを受けているんだろうか?
確かに私のことを感知した時の感度なら、ハルカちゃんが出てくるまで判らないのは鈍すぎるだろう。感知する手段は、……TOXと同じ重力だとしても、わたしとハルカちゃんの重さは大して変わらない。つまり、感知してる手段は重力ではなさそうだ。
やちよちゃんは怪訝そうな顔のまま少し考え込んでから口を開く。
「……さっきの話と合わせて考えると、ハルカちゃんってもしかして宇宙人なの?」
「ぜんぜん違うけど、半分正解」
「どういうこと?」
「長い話になるんだよ、これが」
割り込んで私が代理で返事をしている間に、ハルカちゃんは自分用の椅子を持ってきて私達の寝椅子の枕元に座った。ハルカちゃんの椅子は私達と同じ寝椅子じゃなくて、ぺこっと広げるだけの背もたれなしの小さな椅子。
「えーと、単刀直入に言うと、私は旧太陽系の人類版図から来たの」
私にしてみればもう何度聞いたか忘れたような話だ。
とはいえ、多くて三回か四回ぐらいだとは思うんだけど。
この先に私が口を挟んでまでハルカちゃんに聞きたいところはないので、一緒になってやちよちゃんの反応を待つ。
「きゅうたいようけいのじんるいはんと? ってどういう意味?」
「言葉が難しかったか……。これは盲点。でも、私もうまく説明できない」
やちよちゃんは私に聞いてきたみたいだけど、ハルカちゃんにパス。
「昔、太陽系から地球が居なくなった後も、太陽系の他の惑星は人類の営みを続けていたわけだけど、地球のような快適な惑星が無くなってしまったので、人類は頑張って宇宙に広まっていったの。旧太陽系の人類版図っていうのはつまり、その範囲」
「んん? 『旧太陽系』の『人類』『はんと』ってこと? はんとって住んでるところみたいな意味? これって、なんかまたアニメの話とかしてる感じなの? っていうか、ハルカちゃん、いつもと喋り方違うんだね」
やちよちゃんの思考の流れはかなりガチャガチャしていると思う。
いくつかの別の話が同時に進行している。これは私達とやちよちゃんとの間で前提が共有されていないところが多くて、こちらからは単一の話をしているつもりでもやちよちゃんは複数の論点を読み取れてしまうのだろう。その上で複数の話を同時に進行できるのだから、やちよちゃんはむしろ優秀だ。
まぁやちよちゃんが優秀でも私はついて行けないので、話題を刈り込む必要がある。
「版図の意味は、まぁだいたいそんなところだよ。あと、ハルカちゃんは番組ではキャラ作ってるの。どっちかって言うとこっちの方が素に近い。それから、ハルカちゃんの話はフィクションじゃなくてたぶん本当。私が最初にハルカちゃんと会ったとき、きのこみたいに地面から生えてたからね。普通の人間じゃないんだ」
「きのこ? そうなの? 人間が? うーん……」
自分は自分で地球の意識がわかるとか無茶なことを言ってる割に、妙に引っかかるじゃん、という気分にはなる。
なるけど、やちよちゃんにとって自分自身のことは疑問に思うまでもないことだろうし、そういう意味でも荒唐無稽にも種類があるんだということは分からないでもない。こういう細かいツッコミはもっと親しくなってから言うことにしよう。
「ついでに言うと、ハルカちゃんの体は細胞が地球の生物と違うものでできてるらしいよ。銀沙生命っていうんだって」
「ぎんさ? なにそれ?」
「なんか難しいんだけど、体が銀沙っていう金属性の材料でできてるらしいんだよ」
「体が金属? つまり機械なの? ハルカちゃんってロボット?」
やちよちゃんの半飲み込みの言葉にハルカちゃんが答えた。
「その言い方は、私にとっては侮辱になるよ。……それが侮辱だって知らない相手に怒ったりはしないけど」




