……7月29日(金) 19:00 四日目:抗生教池袋宿所屋上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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「はぁ。ゴメンだけど、やちよちゃんの言ってることが本当にわからない。もうちょっと色々詳しく教えて?」
「大丈夫、よく言われるから。それに、いろいろ話すために来たんだよ」
「そういえばそうだね……」
「その前に、ハルカちゃんも出てきなよ? 一緒に話そう」
私から顔を背けて、やちよちゃんがそんな事を言う。
いや、そっちには物干しがあるぐらいでハルカちゃんは居ないが?
あえて言うならさっき引っ掛けたハルカちゃんの上着ぐらいはあるけど……。
「え? ハルカちゃんが居た方がいいの? 呼んでこようか?」
「またまた。ハルカちゃんなら聞いてるから、呼びに行かなくても来るよ」
そういって、やちよちゃんはさっきハンガーで吊り下げた上着、二枚のうちのハルカちゃんが貸してくれた方を指さした。
そう言えばそうだった。
あの煮干しみたいなブローチはたぶん盗聴器なんだよな。
「ね? 私、その椅子に座ったこと無いんだ。私も座ってみたい」
なんて答えようか考えていたら、やちよちゃんがそう言って私が広げかけているバカンスチェアの方に視線を向けている。
そういえば広げてる途中だった。よいしょっと広げて、その場に置く。
「どうぞ」と言って勧めると、やちよちゃんが妙に嬉しそうにその椅子に乗って、胡座をかいた。
……寝そべらないでそんな座り方をするなら、その椅子じゃなくてもいいのでは……。
私も座りたいから同じ椅子を出してきて、隣に並べて私も座った。というか寝転んだ。
その間、やちよちゃんは胡座のままこっちを見て、なんとなく機嫌良さそうにしている。
寝転がると顔が上を向いて、夜空を見上げることになる。
昼と違って夜空を見上げてもあまり楽しくない。
全天を覆うダイソン球の照り返しで全体にのっぺり薄明るく光る夜空。
ハルカちゃんが歌っていた星の光は、この夜空にふたつだけ見える。
それは、このダイソン球の中にあるあと二つの惑星だ。
望遠鏡で見ることだけはできるけど、通信をしようとするとTOXに手ひどく攻撃される。五〇〇〇年であの二つの星にも知的生命が居るだろうということまではわかっているけど、それ以外のことはほとんどなにも分かっていない。
他に夜空に見えるのは、ときおり見かける飛行機の明かりと、たまに流れていく流星。
聞くところによると、あまり明るくならない流れ星は夜空の燐光に紛れてかき消されているそうで、よほど明るいものでないと見えていないそうだ。
19:15
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「やちよちゃん、星空って見たことある?」
「星? 両方とも見たことあるよ、そんなの当たり前じゃん」
両方、つまり二つの惑星だろう。私が言いたいのはそれではない。
「ううん、そういう星じゃなくて、太陽系時代に見えてたっていう満天の星空。夜空には小さな光がたくさんあったって話、知ってるよね? で、その夜空の点々を繋いで、ギリシャ神話の登場人物とかの名前がつけてたんだって」
太陽系時代に作られた神話や伝説に時々出てくる星空。
月と星は、太陽系時代から今の世界になる時に失われたものの代表みたいな扱いだ。
別に無いからって言って日常生活のなにかに困るわけじゃない。でも『一ヶ月』っていう言葉の説明には出てきたり、尖った三角形が五個くっついた形の事を星型と呼んだりと、失われては居ても生活の中の痕跡としてはかなり残っている。
『星空』というのも、天国や地獄の風景のようなある種の伝説として有名なものだ。
……少なくとも東京以外では間違いなく有名だ。
「もちろんおとぎ話でなら聞いたことならあるけど……。いまの地上には見たことある人なんていないんじゃない?」
「それがね……、居るんだよ」
「え? どういうこと?」
「それは本人に聞いてみてよ」
「んん???」
けっこうな大ヒントだと思うんだけど、やちよちゃんは飲み込めないような顔をして頭の上にはてなマークを浮かべている。
つまりやちよちゃんはなにか謎のやり方で私が屋上に出てくるのは遠くからでも分かるけど、話していないことを即座に理解できるというタイプの能力者ではないようだ。
私はいまだにやちよちゃんの能力を掴みかね、信じきれておらず、能力を性質を量ろうとしてしまう。納得がいくまでこんな感じだろう。
「あれ? 話しちゃう感じの流れなの?」
ちょうどその時、屋上のドアを開けてハルカちゃんが屋上に上がってきた。
「あ、ほんとに来た」
「酷いなぁ。呼んだから来たのに」
ドアから出てきたばかりのハルカちゃんを手招きする。
ここ、ここ、という感じで私の枕元とやちよちゃんとの間の辺りの空間を示す。




