……7月29日(金) 19:00 四日目:抗生教池袋宿所屋上
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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薄暮の時間にもまだ熱気の残る東京は、もしかしたら暑い場所なのかもしれない。
もうこれは脱いじゃってもいいな、ということで屋上の物干しに残っていたハンガーに上着を掛ける。朝に掛けたままにしていた上着もまだ残っているから、屋上に上着が二枚。
私のこの迂闊な感じ、なんなんだろうか……。
自分では慣れてしまっているけど、こういうのは他人から見たらただ事ではないらしいのだ。幼なじみたちからは、私だからという理由でこういう部分をうるさく指摘されることはない。
でも、こういう時にふと、自分でもこれはなんなのかと考えることがある。
まぁ結局は私自身の性質ではあるのだ。
自分の性質の悪い方の面だ。
なんとなくうんざりしながら朝に取り出した寝椅子をまた出してきて広げる。
もう暗くなり始めている今、そこにあることを知らなかったらこの椅子は出してこれなかっただろうから、朝のあの時間に意味もなく屋上をふらついてたのもまったくの無駄というわけではなかったということなんだろう。カブトムシは見つけられなかったけど、カブトムシの代わりにその日のうちに役に立つ発見があったんだと思うと、これは完璧だった今朝のお釣りが今になって帰って来たみたいなもんだ。
これは、私の性質の良い方の面だ。
私の性質には良い所もある。
そんなことをぼんやり考えているうちに、ちょっとおもしろくなって笑ってしまった。
「どうしたの、にこにこして?」
「ちょっと思い返したら、今朝いいことがあったんだなってのを思い出して……」
ん? いま屋上にいるのは私だけじゃなかったっけ?
慌てて声がした方に振り返る。
幻聴か幽霊か? それとも見えないなにかの声が聞こえる能力を獲得してしまったか?
そう思っていたのだけど、振り向いたところには見覚えのある人影があった。
「……って、やちよちゃん!?」
「そうだよ? 屋上に出てきてくれたんじゃないの?」
「もうちょっと遅い時間のつもりだった……」
「あれ? そうなの? でも出直してくるのは億劫だから、いま話そう」
「そうだね……」
* * *
そ、そういえばやちよちゃんは、私が屋上に出たらそれに合わせて出てくるようなことを言っていたな……。
もっと遅い時間になってから密談みたいな感じで会うことになると思っていたから、散歩の途中にばったり出会ったみたいなこういう感じになるとは思ってなかった。
人の気配のする塚と薄闇にひときわ暗く沈んだ本部の壁を背にしたやちよちゃんの顔は、光が足りなくてどういう表情をしているのか見えない。
なんて言おうかなと思ってるうちに、顔が見えないままでやちよちゃんが喋った。
「最初に言っておくね。明日、TOX予報が出るよ」
いまは約束の時間の話をしたいんだけど……。
え?
TOX予報?
「……なんで知ってるの? TOXの予報は国際的な取り決めで、感知したら可能な限り素早く出されるって聞いてるけど?」
「情報源が別だから。国際的なTOX観測は光学観測……要するに望遠鏡で夜空を見て探しているんだけど、地球が観測してるのは重力だから」
「重力? 小さいのも居るのに、重力なんかで遠くのTOXを見つけられるものなの?」
「らしいよ。どうやってるのかまでは私も知らないけど」
ずっと同じ姿勢で話しているので、やちよちゃんの顔は相変わらず見えない。
知り合いの年下の女の子ではあるんだけど、なんとなく不気味な感じがしてきた。
「それは……、信用できるの?」
「私は信用してる。だって、いままで外れたことがないし」
「うーん、そっかー」
急に親しみやすい答えが出てきて、ちょっと安心した。
そのおかげで思考が脇道に逸れる。
よく当たる占いとかにも根拠は不明だったりすることは多い。
占いの場合は聞けば根拠を説明してくれたりもするんだけど、私はその説明に納得できた試しがない。占いの予測というのはいくら根拠を説明してもらっても、科学と違っていつも当たっているからといって次も当たるとは限らないものだと思うし、世の中でもそういう扱いをされている。
でも、本当は厳密には、次に当たるかわからないというのは科学の法則でも同じだ。




