……7月29日(金) 16:45 四日目:池袋配給所近傍
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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「あはは。これは『いいね』って意味のサインなんだよ。みんなもやってみな?」
わ―っと賑やかにしながら、みんなで一斉にやってみている。
その様子を見ていると、この子たちは素直で可愛い。
「なんかちょっとそれっぽかったらなんでも平気だよ。じゃあ、次に番組に出たらこれをやるから見てて?」
「え? 番組でやるの?」「今日出る?」
「今日のはもう撮っちゃったから、明日か明後日じゃないかな。いつやるかはわからないや」
「あーっ、そうやって毎日見せようって作戦だー」
ごく真面目な話、私にとって番組の出演は予定外であって、視聴者が増えることで私が得をすることは無い。けどこれは言わないのがお約束だろう。
いや、よれひーさんとそういう約束をしてるわけではなく、世の中の常識として。
そもそも出演を通じて東京旅行に連れてきてくれた番組側に対する感謝はもちろんあるし、番組側が視聴者が増えることを望んでいることはもちろん知っている。
これを嘘にならない範囲で上手く伝えるには、なんと言えば良いのか……。
「いや、違うよ? 宣伝じゃないよ。単なる本当の……」
「でも、佐々也ちゃんがそのポーズするなら毎日見るよ。元から毎日見てるけど」
「……それなら私の作戦は成功だ。じゃあ、また番組で会おうね」
引き止めてまで訂正することじゃないし、より良い言い方も思い浮かばなかった。
私は面白くなるような言葉で子どもたちに別れを告げて、少し距離を置いて見守っていてくれていた浦和さんたちに合流した。
「すいません。お待たせしました」
「謝ることないですよ。でも、宣伝してくれてありがとう」
「宣伝というほどのことはしてませんけど。でも、なんで見つかったんでしょうね? 私なんてぜんぜん目立たないだろうに、あの子達よく見つけたなぁ」
仮に私が『ストリーマーの佐々也ちゃん』だったとして、私の普段着なんてTシャツとズボンという冴えない格好だから、そうそう目立つものでもないはずなのに。
「もしかして気づいてない? 周りの人たちとは服が違うのよ。薄いピンクでおしゃれな感じのジャケットなんて着てる人、ここいらには居ないでしょ?」
「おしゃれ? 私が? ああ……、ハルカちゃんの服借りたまんまだった」
適当にTシャツを着てるだけのいつもの自分の格好だったら目立たなかったのかな、と思う。見回してみると襟付きで生地の厚い服の人ばかりだ。
そういえば周囲にはTシャツの人も居ない。
でも私のTシャツなら少なくとも色味は近いからきっと目立たないはず。
ところが、可愛い上着なんていう慣れないものを羽織っていたばっかりに……。それにしても、やっと着慣れてひらひらが気にならなくなってきていたのに、言われてしまって改めて自分が着ている服に気がついて、また気になるようになってしまった。そう言えば魚のブローチも付いたままだ。うーん……。
ブローチを触りながら遠くの壁を見て気持ちを逸らし、異物感がいきなり発生してしまった上着から自分の意識を引き離そうとする。
そうやって少し黙っていたら、浦和さんが声をかけてきた。
「佐々也ちゃん、怖くなかった?」
「怖いって、なにがですか?」
「その……見た目も普通じゃな……、みんな特徴が強いし、ああいう人は子供だとしてもどんな能力を持っているのかも分からないし……」
……そういうことか。
たしかにどういう相手かわからないのは本当だ。
でも、それは普段会うような能力のない人間も変わりのないことだと思う。
私にはあの子達が特に危険だとは思われない。
こういうちょっとした偏見というのは誰にでもあるものだし、指摘されるのは不愉快なものだ。途中で言い換えをしたりして、浦和さんも内心では良くないと思っているのかもしれない。どう思っているのかまではわからないけど、嫌な考えだと決めつけるのも、その嫌な考え方と同じだ。だから、当たり障りのない答え方をする。
「私はストリームとかに出たことがないので、ああいう感じで声をかけられたのは初めてなんです。危険なものを持っているとかの様子とかもなかったですし、なにより舞い上がっちゃって」
「そう……。東京に限らないけど、有名人だと危険があるかもしれないから気をつけてくださいね。特に、プライバシーというか個人や居場所を特定できるような情報を喋りすぎないように注意するようにしたほうが良いです。今回の番組は東京の人たちもかなり見てくれているようで、ここではけっこうな有名人になっているはずだから」
「……はい」
そう返事をして、そのまま配給所へ向かう。
でも、気をつけるって言っても、私はとりわけそういうのが苦手なんだよ。
誰といつ喋っても、目の前の相手に集中しすぎてキャパシティオーバーになってしまう。あたりまえの用心をし続けるような事が置き去りになりやすい。
それに今回は子供だったし……。
子供たちとお別れをした後、配給所には無事たどり着き、食材を受け取った。
今日の夜、明日の朝と昼の三食、八人分。




