……7月29日(金) 16:45 四日目:池袋配給所近傍
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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質問したい気もするけど、これは初対面ではあまりにも不躾な質問だ。
清水さんのこともあったし、ここは幾重にも慎重にしないといけない。
だから私は、私から見ると彼らの際立った特徴に見える部分には触れず、自分のことから話し始める。
「もしかして、番組、見てくれてるの?」
「見てる見てるー!」
「よれひーは居ないの?」
「ぞみーちゃん一緒じゃないの?」
「なにしてるの?」
私の言葉に子どもたちがごちゃっと返してきた。それぞれが短い言葉で、内容も予測できるものばっかりだから全部聞き取れた。けど、一度に全部には答えられない。
「えーと、今日のご飯のためにスタッフさんと配給を取りに来たんだよ。みんな元気いいねー」
「上の部屋に泊まってるの?」
「次はいつ番組やるの?」
「ハルカちゃんは?」
「あはは、全部には答えられないよ。ごめんね。そうだ、握手しよう。私もせっかく来たから、東京の人と握手したいよ」
リーダーなのか、例の小さい子が常に先頭にいるので、彼に合わせて片膝を付いて目線を下げて片手を伸ばす。
「え? 握手したいの? いいよ」
と言って、子どもたちがみんな順番に握手してくれた。
実際に握手を始めてみると、手を握っている最中に喋るというルールが自然にできあがったらしい。「お母さんに佐々也ちゃんに会ったって言っていい? おかあさんはハルカちゃんが可愛いって言ってた」とか「普段はどこの番組に出てるの?」とか「佐々也ちゃんどのお菓子が好き」とか、握手をしながら色々質問をされたりもして、それなりに答えたりした。
いっぺんには答えられないけど、順番に質問されるなら答えられる。
回答だって答えるのが難しい質問ではない。
ちなみに私は普段は番組には出てなくて、お母さんに会ったことは言ってもいいし、お菓子は醤油せんべいと野菜ジュースが好きだ。
「醤油せんべいってなに?」 なんだろうね……、米で作ったクッキーかな……。「クッキーなら分かる! でもクッキーってなにでできてるか知らない。なにでできてるの?」 大部分小麦粉と砂糖かな……。「佐々也ちゃんがゆってたクッキーは醤油味なの?」 せんべいには砂糖は入ってなくて醤油味だね。「それってお菓子なの? ご飯じゃなくて?」 いっぺんにあんまりたくさんは食べないものなんだ……。「食べてみたいけど、配給にある?」 配給に? それは知らないなぁ……。でも赤羽のコンビニには売ってたよ。「お店行ったことない!」 ……大きくなったら行ってみるといいよ。私も小さな頃はお店に一人で行ったことなかったし。「わかった!」
じゃあごめんね配給取りに行く途中だから、と別れの言葉を口にして去ろうとしたら、「どこの配給所? 道わかる? 一緒に行こうか?」と聞かれた。
「そこの南西貫通路のところの配給所だって言ってたよ。レストランのそばの」
「あー、あそこかー。僕達は入っちゃいけない所だ」
「入っちゃいけないとかあるの?」
「お客さん用なんだってさ」
いま、私達以外にお客さんが居るわけでもないだろうと思うと、他にも子供には伝えられていない事情があるのではないかと感じる。子どもへの禁止って事情が省略されてる場合が多いから、もしかしたらかなり深刻な理由が伏せられているかもしれない。だとすると指摘するのは良くないような気がする。だから、この疑問はスルーすることにした。
「……そっか。そういえば、みんなは東京出身なの?」
「そうだよ。俺等みんなね」
「おっ、池袋はかっこいい町だから、いいね」
そう言いながら親指を持ち上げてサムズアップしてみる。
子供たちからの反応はほとんど無い。なにをしたかよくわからない様子だ。
「??? 親指どうかした?」
「あはは。これは『いいね』って意味のサインなんだよ。みんなもやってみな?」
「こう?」「できた!」「おれもできる」「この形にするだけでいいの」
「その形にしたら、ボタンを押すみたいに少し前に出す」
「これでできてる?」「わかんない」「ボタンはお母さん指で押す」
わ―っと賑やかにしながら、みんなで一斉にやってみている。
その様子を見ていると、この子たちは素直で可愛い。
「なんかちょっとそれっぽかったらなんでも平気だよ。じゃあ、次に番組に出たらこれをやるから見てて?」




