……7月29日(木) 14:00 四日目 :抗生教池袋宿所・番組撮影
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
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私のせいで発生した気まずい三〇秒の沈黙の後、少し低い声で改めて話し始めた。
「ここはオフレコでお願いします。……まず最初にいますと、本当にこれという特徴がないんです。互助組織としての性格が最も強いのも本当です。そのうえで抗生教には宗教的な儀式や組織は実際に存在しています。神社ですとかお祭りですとか。そういう話を強調しないのは、敷居が高いと思われたくないことと、観光資源にしたくないことがあります。実際の住人でない人に、宗教としての側面にあまり興味を持ってほしくないんです」
「すいません。本当に私は考えなしで……」
「いえ、怒っているわけではありませんから。ただ、答えにくい質問であったことは確かです」
声の調子からは、激怒しているわけではないということは察せられる。
とはいえ私は完全にやらかしているので、もう黙るしかない。
私がアホなのは仕方ないにせよ、失礼で居て良いって事ではないんだよ……。
沈黙に耐えられなくなって、謝罪をもう一度口にしようかなと思ったところで、よれひーさんが割り込んできてくれた。
「よかったら、教義なんかの件については編集でカットしますよ。でも、八千代様のエピソードは番組に使っても大丈夫ですか?」
「はい。私から話したことなので、大丈夫です。大昔の超能力者の話は面白いでしょうから」
大昔の超能力者。非常にぞんざいな表現だ。
清水さんはそういう感じなのか。
この場に出てきているのだから、清水さんは教団の中でもそれなりに立場のある人なんだろうと思う。そういう人がこう表現するのなら、そういう扱いそのものが無しなわけではないのだろう。とはいえ、それを教団の人でない私がしてもいいかと言えば別だ。
ただまぁ、ラインが見えるのは助かる。
「あと、差し支えなければ抗生教という名前の由来なんかを教えてくれれば、中間を上手くカットできますので」
「それは初代が、TOXに抗って生きるという言葉を残したからです」
「ありがとうございます。じゃあ、一息入れて、そこから再開しましょう。三分休憩にしたいと思います。すいません」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
14:50
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休憩中、私に対してよれひーさんから簡単な指導があった。
清水さんはカメラに背を向けて、お茶を飲んでいる。
「失言の部分は痕跡が残らないようにカットしますから、佐々也ちゃんさんは前後の態度に違いが出ないように気をつけるようにしてみてください」
「……ご希望には沿いたいと思うんですが、ちょっと具体的にどういう事ができるのか思いつかないです……」
「そうですね、難しいことを言ってるかもしれませんが、例えば落ち込んでる雰囲気を出さないとか、すいませんって言わないようにするとか」
「わかりました……やってみます」
私は私なりに悪いところがあるのは知っていて、いまのはその悪いところが悪い方に出ちゃった感じだ。失言をしないように、喋り始める前にもう一度考えるということを普段ならしている。
それをしない、ということではない。なにしろ一拍置くことを心がけてもだめだったんだから、置かなかったらもっと駄目。同じ失敗を繰り返すことになる。
「少し厳しいことを言うと、なにも喋らないというのが一番こちらとしては困るので、佐々也ちゃんさんが喋らなくなってしまうぐらいなら同じ失敗をしてもらった方がマシです」
「え? いや、でもそれはちょっと……」
「そうですね、それは分かります。そうだな……宗教の話題では気をつけるとかどうで……。いや、みーちゃんとのお地蔵さんの話は小さい子向けの解説になっててよかったから、それもあんまり嬉しくないな……。うーん」
ぞっちゃんの質問は当たり前のことを聞いてるだけじゃなくて、子供向けに有益だったのか。私は気が付いてなかった。
「そうだな……」
よれひーさんが考え込んでしまった。
私の行動指針を一方的に考えてもらうのもの悪い気がしたので、自分で折衷案を考える。
「えーと、抗生教関係のことを、清水さんに直接質問するのを控えるようにします。それで、もしどうしても聞きたければ、それは少し考えてからにします」
「ああ、それぐらいだとちょうどいいね。それにしましょう」
「はい」
失言……。
やっぱり傍目にも失言だったんだよなぁ……。
いつか踏むと思っていたドジを踏んだことに落ち込んでしまう。
清水さんにも申し訳なかった。
私がお茶を飲んで、一息ついたら、改めてよれひーさんのキューがかかった。
「じゃあ、清水さんが、佐々也ちゃんさんからの『特徴的な教義はありますか、なにか抗生教という名前と関係あるような』という質問に答えるところから始めましょう。ケンちゃん、キューお願い」




