……7月29日(木) 14:00 四日目 :抗生教池袋宿所・番組撮影
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十三章 薄暮の赤雲、独り屋上。呼ばれてなくても現れる。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「先生! 私達のガイドさんもやちよちゃんっていう名前だったんですけど、東京ではよくある名前なんですか?」
「はい。八千代様にあやかって名前を付ける人は少なくはないですね」
「佐々也ちゃんさんはなにか質問はありませんか?」
「私ですか? ……その開祖の八千代さんは誰を信仰していたんですか? 自分自身?」
『開祖』だけをキーにした話ってこれぐらいしか思いつかない。
本当に単純な論理的疑問だ。
「八千代様ご自身の信仰は普通の神道です。信仰対象だけ取り上げるとそうなりますが、普通の信者というより神道に縁のある家系の方でした。そのため儀式なんかの知識は相応にお持ちだったということですが、かといって特に信心深いわけでもなかったようです。後に抗生教になる集団で慰霊祭などの節目の儀式をする時に、言ってみれば氏子代表のような立場で八千代様が主導していました。その時期には抗生教がまだ無かったことだけは確かです。八千代様がこの世を去った後に残党が同じ活動を続けるために現在の教団を結成しました。こういう経緯が、抗生鏡が宗教団体であることや、宗教活動にこだわりの少ない性質に影響しています」
八千代さんの実家、神主さんの家系とかだったんだろうか?
いわゆるおうちが神社だったってやつだ。
なんとなくさっき見たお宮の姿が頭に浮かぶ。八千代さんの実家とはあまり関係のない姿だろうけど。
私は、つい思い浮かんだ光景を消すために軽く頭を振って続きを待つ。
ハルカちゃんが言葉で続きを促す。
「それで、開祖の八千代様はなにか特別なことをしたのですか?」
「色々としました。主に東京の人々を糾合してTOXを撃退しながら、TOXとの戦いの中から生まれ始め、当初はかなり迫害されていた能力者たちの保護をしました。他に、池袋の抗生教本部も八千代様の能力で作り出されたものです」
「それは……すごいですね」
ハルカちゃんは割と真面目に聞いているし、清水さんもハルカちゃん相手には話しやすいみたいだ。私はどうも気が散るというか、さっき見たものと秘密と言われたことが気にかかって、この件はなかなか口をはさみにくい。
つい秘密にしてることを喋ってしまいそうだ。
ええと。
開祖がそういうすごい人だったとしても、さっきやちよちゃんが言っていた「地球の意識」っていうのはどう関係するんだろうか? やちよちゃんが抗生教いんとって重要な人物っていうことなら、なにか教義的なことに関係があるんだろう。
それを、さっきの出来事を仄めかさないで、どうやって口に出すか……。
「なにか特徴的な教義はありますか? 抗生教っていう名前と関係あるような」
やちよちゃんからも清水さんからも、教義のことは何も聞いていない。
これなら手がかりになるかな、と思って質問をしてみた。
あまり黙っているのも番組的にも良くないだろうから、なにか言いたいというのもある。
「ええと、特にこれという教義はありません。暴力は良くない泥棒は良くないなど、普通の意味で道徳的な行動を推奨していますが特徴的かというとそうではないと思います」
「……もしかしたら、なにか宗教的な特徴を表明するのを避けたい理由でもあるんですか?」
端々に感じる違和感をまとめた言葉が、思わず口から出てしまった。
私がそう聞いたら、清水さんは面食らった様子だ。
考え無しで言ってしまったけど、改めて考えると、相手を疑ってでもいるかのような質問だった。
「あ、いえ、すいません。えーと、特徴を説明しない自己紹介というのが珍しいような気がしたのを考えてただけで、言いにくいところを聞き出したいという意図はないんです。答えにくければそれは大丈夫なので」
と言い訳をしてみたけど、なんのフォローにもなっていない。
むしろこれじゃ追い打ちだ。
それでも清水さんは怒り出したりはせず、ちょっと考え込むような表情をしている。
私のせいで発生した気まずい三〇秒の沈黙の後、少し低い声で改めて話し始めた。
「ここはオフレコでお願いします。……まず最初にいますと、本当にこれという特徴がないんです。互助組織としての性格が最も強いのも本当です。そのうえで抗生教には宗教的な儀式や組織は実際に存在しています。神社ですとかお祭りですとか。そういう話を強調しないのは、敷居が高いと思われたくないことと、観光資源にしたくないことがあります。実際の住人でない人に、宗教としての側面にあまり興味を持ってほしくないんです」
声は低めで声量は抑えめながら、清水さんの口調は割と強い調子だった。
やらかしてしまった。




