7月29日(金) 13:00 四日目:池袋抗生教宿所前
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
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7月29日(金)
13:00
四日目
池袋抗生教宿所前
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ご飯を食べて帰りがけは、道のり一〇分。
休憩所の貴賓席の奥にはすぐに塚の中に出ることができる扉があって、そこを通って少し近道をした。
「佐々也さん……」
人通りの少ない内輪の最上階付近のテラスを通っての帰り道。
宿所に入る直前、ドアが見える距離のところで、お弁当からこっちはずっと沈黙を保っていた清水さんが口を開いた。
「なんですか?」
「今日は、やちよさんのことを黙って急に連れ出してしまってすいませんでした」
「え? ああ、そういえばそうですね。でも、私もやちよちゃんに会えて良かったですから、謝る必要なんて無いですよ」
「それならよかった。……そこで、あとひとつお願いがあるんです。やちよさんの事を、同行の皆さんには秘密にしてくれませんか?」
また秘密か……。
「やちよちゃんは特に気にしてないみたいでしたけど……」
「気にしてないんでしょうね。その……、やちよ様は特別な人物なので、番組に出演したのはせめてお忍びという形にしたいんです。そのためには番組スタッフがその事を知らない方が都合が良いですから」
お忍びとはまた仰々しい。しかしやちよ様? 呼び方が急に変わったな。
やちよちゃん、何者なんだ?
「……私から口にしない、ぐらいのことはできます。でも、それ以上のことは協力できませんがそれでよければ」
「それぐらいでいいです。どうせ赤羽の番組はもう配信されてますので、顔出しを防げたわけじゃありませんから。バレた時に、お忍びで勝手に行ったという言い訳ができればいいんです」
やちよちゃん、地球の意識が分かる人だってところまでは聞いたけど、具体的な役職とかは聞かなかった、そういえば。
地球の意識って壮大だからオカルト的になんか凄そうっていう気はするけど、抗生教みたいに具体的な実行力のある組織にとって、そういうオカルト啓示がどれぐらい大切なのかはまったくわからん。
「わかりました。……私からも質問があるんですけど」
「なんですか? 答えられる範囲であれば、お答えしますけど」
「清水さんはやちよちゃんのなんなんですか?」
「何かと言われても……。やちよ様に対して特段なにという事でもないですけど……」
「お世話係とか、直属の部下とかいう感じではない?」
「違いますね。私は抗生教の広報担当でしかありません。あと、やちよ様に部下は居ませんね。そういう立場の人ではありませんので。今回のことも私が皆さんとの折衝を担当することをやちよ様がどこかから聞きつけて、佐々也さんと内密で合う機会を作るように頼まれたんです。それで今朝、見学して回る提案をしたんです」
やちよちゃんはほんとうにどういう立場なんだろう?
やっぱり巫女さんみたいなものなのか、それとも……。
「貴族の子弟とかですか?」
「教団に生得身分的な上下はありませんけど、立場的には似たようなものかもしれませんね」
「……うーん、わからない。……正直なところ、やちよちゃんって何者なんですか?」
「御本人から聞いていない?」
「地球の意識が分かるとは聞いたんだけど、具体的には……」
その地球の意識とやらを信じているとも信じていないともどちらのニュアンスも出ないように心がける。抗生教の人にどちらかだと思われると、具体的な影響がありそうだ。
「そうですか……」
そう言って清水さんは少し考え込む。
「御本人が説明してないようでしたら、その説明をする権利は私には無いように思います。御本人に聞いてみてください」
「はい……」
いや本当に、ここまで用心されるなんていったい何者なんだ、やちよちゃんは?
第十二章 了
次回更新は6月1日の予定です。




