……7月29日(金) 10:30 四日目:池袋抗生教宿所
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
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「あ、ハルカちゃん? どうしたの廊下で」
「ちょっとトイレ。それより佐々也ちゃんは? 清水さんと連れ立ってどこか行くの?」
「うん。手近を案内してくれるんだって」
「よかったね。佐々也ちゃん暇そうだったし」
「ハルカちゃんも一緒に……、あー」
一緒に行こうと誘おうかと思ったけど、お昼の話があるから私の一存では迂闊に誘うわけにもいかないか。どうしよう、と思って清水さんの方をちらっと見ると、この短い間に携端を取り出して操作している。
ハルカちゃんを誘っていいかどうか清水さんに聞いてみよう。
「ううん。私はちょっとやることがあるから、佐々也ちゃんは楽しんできて。それより佐々也ちゃん、Tシャツだけだとなんだか心許ないから、念の為一枚羽織って?」
「羽織る? あれ? 私の上着は?」
「屋上に干したままじゃないの?」
「あっ、そっか。じゃあ、取ってくる」
「いいよ。私のを貸すから着て。はいこれ」
上着を借りたりするのは慣れなくて落ち着かないから好きじゃないんだけど、断るほどでもないし……。そんなことを考えて小さくためらっていると、その時に着ていたひらひらした水色で半分透けてるような上着をその場で脱いで貸してくれた。
波を模しているらしい胸ポケットが付いていて、そこには例の銀色の魚のブローチがあしらわれている。
羽織ってみるとちょっと大きいような気がするけど、ハルカちゃんもそんな感じで着てたからそれで正しいんだろう。
「うん可愛い」
「ありがとう」
布地が軽くて身動きするだけでふわふわ揺れるのが気になるなーと思ったけど、流石にこれぐらいは着てたら慣れるだろう。
「汚れたらごめんね」
「平気平気」
「じゃ、行くから」
「はいはい」
私がそう言うと、ハルカちゃんは改めてトイレの方に歩き出した。
「清水さん、お待たせしました」
「大丈夫、待ってませんよ。メッセしてましたから」
私が振り向くと、清水さんは手元の携端から目を上げた。
待たせてないなら良かった。
「じゃあ、行きましょう」
そう言って清水さんは私達が宿泊している区画の出口の方に向けて廊下を歩いて行く。
「あれ?」
ようやく違和感の原因に思い当たって、ハルカちゃんが去って行った方向を振り返る。
角を曲がってしまったらしくて背中はもう見えない。
ハルカちゃんがトイレ?
「どうしました?」
「いえ……、なんでもないんです」
ハルカちゃんがトイレに行くはずないなんて、清水さんには言えない。
だとすると、わざわざあの魚を渡しに来たってことかな?
11:45
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『塚』の全体的な地理感覚の説明を受けながら、清水さんに連れられて塚の施設巡りをした。
池袋の集合建築は別名『塚』と呼ばれていると改めて説明を受けた。
『塚』という文字の意味は、人が作った土の山だとか。池袋の『塚』は人が作った建物の上に、落下してくるTOXからの防御のために土を被せているのだそうな。塚の全体は曲線的に構成されているというか、外から見たら建物がごちゃっとかたまって丸く盛り上げた土を彫り抜いたみたいな印象になるから、『塚』というのは似合いの名前だ。
塚の地理的な表現として、内側を『内輪』、外側を『外輪』と呼ぶのだそうだ。
そして私達が塚に入っていった切れ目みたいな部分の名前は『切通し』だって。
『切通し』といえば、山奥の峠道なんかにある山を削って通れるようにした道のことだから、正しいような間違っているような。後から掘ったわけじゃないだろうけど、姿も機能もよく似ている。そこがまさに内から外への唯一の出入り口になっているように見える。実際には塚の内部にも内輪と外輪をつなぐ通路があるから、そこ以外の場所からも内外の行き来は簡単にできるらしいけど。
そして、その土山である塚の北端は、威圧的な池袋本部の足元を埋めている。
遠くからだとどう見えるのかを想像してみると、池袋本部の姿が異様だからか――例えは悪いけど―――正立方体の土器の石棺の手前にぼた山を作って、これから埋めるために掘り込んでいるというような姿に見えるだろうか。
その、周囲数百メートルのひとかたまりの土山のような外見にふさわしく、『塚』の内部は迷路的になっていて複雑だ。とはいえ塚の内部には内輪側に抜けていく通路がだいたいの所にあるので、迷った挙げ句出てこれないというほどの心配はなさそうだ。
内輪側の通路を出ると、各階のテラスが階段状になっているて、ショピングモールみたいな感じで上下や隣の区画への行き来もしやすくなっている。




