……7月29日(金) 6:15 四日目:池袋抗生教宿所・【完璧な朝】
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
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私達が宿泊している部屋の屋上に当たる部分は、建物部分と同じ古代遺跡みたいな材料(たぶんコンクリート)の一メートルぐらいの他より高い柵で区切られていて、どこまでが領地なのかすぐにわかるようになっている。
塚の屋上全体を見回すとドアがついてる建屋の数は多くはなくて、区切りとか外向けの柵とかが無いところ、つまり屋上に出るつもりがない場所が多い。ここみたいに屋上に出てバルコニーとか庭代わりにしているところは殆ど無い。
私がいま居るこの宿所屋上の領地の中には、ドアがある小さい建屋とエアコンの室外機、作り付けの物干し台。そして、ドアの隣には背の低い物置小屋がある。
ここの屋上、なにに使うかといえば物干しなんだろうけど、それ以外の場所もけっこう広くなっている。だからといって別になにがあると言うほどでもないから、いわば広場になっている。
見るだけ見たなということで、うーんと伸びをした。
一息ついたら物置小屋が気になってきた。
ドアの横にある背の低い物置に近寄って開けてみると、そこには折りたたみ式のテーブルと簡単な作りの三本足の椅子がいくつか、それと椅子っぽい素材だけど妙に大きいなにかが入っていた。
これは折りたたみ式の……なんだろう?
それを引っ張り出そうとすると、けっこう重い。
頑張って引きずり出し、仕組みがわからないものを試行錯誤しながら広げると、バカンスチェア――あの例のバカンスって感じで寝っ転がって座る椅子――だった。映像なんかで見かけると、なんか妙に座ってみたくなる例のアレだ。
実はこういうバカンスチェアは、ゴジの家のサンルームにも置いてあった。
小さい頃にそれに乗っかってみたこともあるんだけど、その頃はただ椅子に寝っ転がることのなにが楽しいのかいまひとつ理解できず、乗っかってみたことに満足して三分経たずに降りたという記憶がある。いまではその頃よりだいぶ背も伸びて体重も増えて、重力の厳しさを実感できるようになってきた。その今ならば、この椅子に座ることの楽しさを理解できるようになったかもしれない、そんな気がする。
よっと。
試しに座ってみたら、ちょうど目の前が抗生教本部だったので視界の威圧感が酷かった。
やむなく一度降りてから椅子の向きを反対にして、ついでに緑豊かな丘陵の景色が半分ぐらい視界に入るように調整し、おまけに椅子の場所を少し端の方に近づけて景色を良くしてみた。
朝の時間は肌寒い自宅近辺の癖で軽く羽織っていた薄手の上着を脱ぎ、ハンガー代わりにその辺の物干しに引っ掛ける。
寝っ転がって腕と脚を組んでみる。
……どっちも組む必要はないな。邪魔だ。
組んだ腕と脚をほどいて、緩んだ気をつけの姿勢で寝転がる。
……。
手持ち無沙汰な気がして、反射的にポケットから携端を取り出し……。
そうになったけど、せっかくの完璧な朝にいつもと同じことをしてもつまらない。
いまこの時間は、携端を触るのはやめておこう。
仰向けに寝転んだまま目を閉じると、前からは木々に音が吸われた静寂が押し寄せ、後ろからはかすかな雑踏の音。静寂の方からざざざという森のさざめきが聞こえて、音に続いてゆるい風が吹いてきた。森の涼気を孕んだ爽やかな風が通り抜けてゆくけど、もう日が当たるので寒くはない。でも、まだ朝だから陽射しが暑すぎることもない。
快適だ。
楽しく……はないかもしれないけど、とても心地よい。
気がつくと片腕で自分の目を覆ってまぶた越しの朝日を遮って、いつの間にか眠る体勢になっていた。
別に眠かったわけじゃないんだけど。
7:30
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「……はようございます。朝ごはんの時間に見かけないので探しに来たところ、屋上で眠っている佐々也ちゃんを発見しました……。あ、お腹がはだけています。これはいけませんね……。どうですかみーちゃん隊員」
「ハルル隊長! さーちゃんはいつでも無防備ですけど、寝ているとさらに危険さが増します。いけませんねこれは、また人気が上がってしまいますよ……」
なにやら、足元の方からヒソヒソ声が聞こえてきた。




