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諸々が千々に降下してくる夏々の日々  作者: triskaidecagon
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
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7月29日(金) 6:15 四日目:池袋抗生教宿所・【完璧な朝】

諸々が千々に降下してくる夏々の日々

 第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。

━━━━━━━━━━

7月29日(金)

      6:15

       四日目

   池袋抗生教宿所

    【完璧な朝】

━━━━━━━━━━


 ゴジと通話した翌朝。

 どうやら不思議なくらいよく眠れたようで、すっきりと目が醒めた。

 私は睡眠をとるのも上手ではないので、いつもいつもなんだかんだ夜ふかしをしてしまったり、朝からすごくトイレに行きたかったり、気分の良い目覚(めざ)めとは遠い場合が多い。

 ところが、今日は目が覚めた瞬間からすごく気分が良い。

 良い予感があったので窓辺に近づいてカーテンを開けると、雲ひとつない快晴。

 スッキリと青い空。

 眼の前に広がる一面の森の緑。

 窓を開けたら、夏の朝特有の爽快な空気が流れ込んできた。

 うちの方は夏でも朝早い時間は肌寒いと感じることが多いけど、東京は気温的にもちょうどよく涼しいぐらい。息を吸うと、朝の森の匂いがする涼しく爽やかな空気が肺を満たして、体の内側からも細胞の目覚めを促してくる。

 最高の目覚めに最高の天気。

 今日はどうやら時々発生するレアイベントの無条件フィールドバフ『完璧な朝』が発生したらしい。ダイスロールが全て大成功で判定される。

 つまり、散歩に行くとランダムイベントが発生して道端でカブトムシを見つけることができる朝だ。

 ここはひとつ散歩に……、いや勝手に出て行っちゃダメな気がするから、カブトムシは諦めよう。

 別にとりわけカブトムシが好きってわけでもないから、諦めても惜しくない。



6:30

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この部屋は抗生教の宿所であってホテルではないから、宿側が朝ごはんを用意してくれるということはない。でも宿側が用意してくれなくてもよれひー探検隊のスタッフさんが用意してくれるということなので、私は用意しなくていい。

 だから、お客さん気分で集合場所の大部屋に行く。

 そこでは桜さんが少し大きめのホットプレートでパンケーキを焼いて積み上げていた。

「おはよう、佐々也ちゃん。今日は早いね」

「おはようございます。桜さん。いい朝ですね」

「どうしちゃったの? 英語の教科書の例文みたいだよ? いい朝……、そうかもね」

 英語の教科書の例文……。

 たしかにそんな感じだったかも。

「グッドモーニング、ミス・サクラ。今朝の朝食はパンケーキですか?」

「イエース、ディスイズパンケーキ! アイムメイキングイット、カミングスーン」

 いま作ってる最中でもうちょっとでできるよ、ってことかな?

 完璧な朝のおかげでとにかく調子がいいから私もなにかしたい。

「桜さん、私、なにか手伝うことない?」

「佐々也ちゃんたちはゲストっていうことになってるんだから、別に手伝ってくれなくてもいいんだけど……」

「たぶん明日以降はやらないと思う。今日はなんかそういう気分なんだ」

「正直! じゃあ……そうだな……。コップ並べて、飲みもの出しといて。ジュースとミルク。なんかこう、ホテルのビュッフェみたいな感じにしたいから」

 パンケーキを焼く合間に、身振りを入れて説明してくれる。

「飲みもの係だね? わかった。コーヒー作ってもいい? 昨日、お部屋紹介のときにコーヒーメーカー見つけたから」

「一〇人も居ないんだし、飲みものがあんまりたくさん出てても余るだけなんだけど、でもコーヒーは定番だからあると喜ぶ人もいるかもね。佐々也ちゃんも飲みたいの?」

「ううん。私は野菜ジュースがいい」

「野菜ジュースは紙パックで小分けのやつがあるよ」

 ふふふ。つまり私はみんなのコップを用意するけど、自分はコップ要らないんだな。

 機嫌も良いので、そういうごく簡単なアイロニーにちょっと笑ってしまう。

 でも、他人のための準備をするというのは、いつだってそういうことだ。今日は完璧な朝だから機嫌が良くて笑っちゃうけど、普通のときならなんとなくちょっと腹立たしいと感じるのかも知れない。

 そもそも社会科の工業の時に習ったみたいに分担っていうのはそういうことだし、そこで腹を立てるほど利己的でなくてもいいんじゃないかという気もする。逆にどんな分担をしたとしても、自分が得をする場面が多くないならば腹が立ってしまうのも仕方ないのかもしれないとも思う。

 私は別に手伝わなくていいところをちょっとだけ手伝ってるだけだから、気楽なもんなんだよな。なんとなく世の中の理不尽の形のひとつが見えてきたような気がするけど、この理不尽を追求しても果てしない事例収集をしてゆくしかない気がする。いつか、別の立場で同じような事例に接することもあるだろう。その時のためにいまのこのことは覚えておいて、とりあえずいまはコップを出そう。


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