……7月28日(木) 21:00 三日目:抗生教池袋宿所・佐々也の部屋
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
「良くない? でも、幹侍郎ちゃんのことがみんなに知れたら、たぶん騒ぎになってしまうよ? 一緒に居れなくなるかも知れない。それはゴジも嫌なんでしょ?」
「そうだね、それは困る。なにより幹侍郎が可哀想だ。でもね、幹侍郎が可哀想なことにならないならホントは秘密じゃないほうがいい。それは、その……僕達の気持ちの問題として」
「気持ち?」
どういうことだろう?
幹侍郎ちゃんのことが露見して引き離されるぐらいなら、私の気持ちぐらい我慢するのは容易いと思う。
「幹侍郎が生まれてから半年、僕は一人だけでずっとそれを秘密にしていた。どうやらそれが本当に辛かったらしいんだ」
自分の気持ちなのに伝聞形?
意図を測りかねていると、一拍間を置いてゴジが言葉を続ける。
「秘密にしている時は気が付かなかったけど、それが佐々也にバレて、やっと秘密の重さに気がついた。だから、いまはまだみんなあんまり気がついてないけど、世間に秘密にしていることはやっぱり負担になってるはずだと思うんだ。……佐々也も。佐々也だけじゃなくて、僕も、窓ちゃんも深山も、叡一くんも。それに、幹侍郎自身にも……」
「それは……。そうかもね……」
「だから、その負担を軽くすることが佐々也にとって必要なら、重荷が軽くなるならその方がいいと思ってるんだ。もちろん幹侍郎が困るようなことになったらそれだって嫌だけど、両方のことがもっと良い様に収まるやり方、全部秘密にしているだけよりましなやり方がきっとあるし、それを探したいと思ってるんだ」
あるか? そんな都合のいい方法が。
綺麗事を言われた気がして、つい反感を覚えてしまう。
ゴジは絶対に親切で言ってるはずなのに、私は冷たいことを考えていると思いながら、つい反射的に出てきそうになる苦い言葉を胸先で抑えながら、もう一方の頭でその半年のゴジの苦しみを思った。
この様子だと、いままで言えなかったことがきっとすごく辛かったのだろう。
声と喋り方でそうだろうということが分かる。
そしてゴジが私達に秘密を強いている事が、私達に同じ影を落としていることを思って、ゴジ自身も辛い気持ちなのだろう。
ゴジは情の厚い人間だ。
だから、これも私達の事を最大限思いやっての発言だってことは信じていい。
私にとってゴジはよく知った相手だけど、そのゴジがそんな事を引け目に思ってるなんて、気が付きもしなかった。私はいつだって人の気持ちにはなかなか気が付かないんだけど、それでもまさかゴジが、こんなことを思ってるなんてという思いが湧いてきた。
掛けるべき言葉を思いつかない。素直に直線的に「まさかそんなことを思ってるなんて気づかなかったよ」と言ってしまうと、軽すぎてなんだか残酷な気がする。
「そっか……」
仕方がないから、相槌だけを打つ。
「……悪いね、なんか、一方的に頼るみたいな感じで。その……いまみたいな僕がどうしてほしいと思ってるかなんて事はあんまり気にしないで、佐々也は幹侍郎にしてあげたいようにしてくれるのが一番いいと思う」
「うん……、そうだね。正直私は誰かの気持ちを考えながら器用に色々なことをやりこなすという感じの人間じゃないから、ちょっと全部のご希望に沿うのは難しいと思うよ。でも……、わかった。幹侍郎ちゃんにとってより良くなるように、自分でいろいろ考えてみるよ」
「ありがとう。別に、幹侍郎の居場所が見つからなくても仕方ないというか、もし今回なにも得るものがなくても元々そうだったんだから今まで通りなだけだし、それで良いような気もしてるんだよ。急がずゆっくりやればいいって。だからそのなんというか……、無理しないようにね」
「ありがとう。ほっとするよ。じゃあ、次は幹侍郎ちゃんと話せるときにまた通話する。じゃあね」
「うん、待ってる」
いつまでも長引いてしまいそうだから、ちょっと早めに通話を切った。
……。
なんとも言えない気持ちだ。
だいぶウェットな、対面では照れてしまってなかなか改まっては話せないことを話した気がする。
窓ちゃんが言っていたゴジが優しいっていうのは、多分こういうところなんだろう。
……そういう気がする。
いつも一人で戦ってる窓ちゃんにこの感じが必要だというのはよく分かる。
窓ちゃんは普段の生活では精神面でとても普通の子なのに、戦いの現場に身を置かなければいけない。本当は嫌で戦うのが辛いなんて話を窓ちゃんから聞いたことはない。窓ちゃんの気持ちのことを勝手に想像して同情するのも良くないとは思っているし、聞いたら否定すると思うからあえて聞き出そうと思ったこともない。
でも、当たり前に考えたら戦いに身を置くのはとても辛い事だろう。
私にはそういう辛いことはないので、ゴジのあの感じを向けてこられるとなんだか私には過剰ではないかと感じる。
公平に考えて、ゴジのあの感じ――ゴジに限らなくてもああいう種類の感情的な動き――というのは、とても貴重で善性のものだ。少なくとも、ゴジが善良だという事は、私はよく知ってる。
私が他人の気持ちをそんなに思いやらないのに、その貴重なものを私だけが貰ってどうするんだと思ってしまう。
思いやってもらうことが嫌なわけではない。
もしかしたら単なる思いやりを受け取るだけでも、気持ちを向けてくる相手によっては不快な気持ちになるのかもしれないけど、ゴジ相手には不快だとは思わない。
だから、損得で言ったら私の得になるけど、不公平は良くない。
辛い目にあっている人がそれを受け取る方が公平だ、と素直に思う。




