……7月28日(木) 17:30 三日目:抗生教池袋宿所・お部屋紹介配信:枝松みぞれ
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十二章 塚。それは土を盛って築いた山。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――――――
収益と言われて、なんだかすごく本物だっていう感じがしてきた。
なんとなく感動していたら、さーちゃんに背中を叩かれた。
「ちょっと。もういいなら離してよ」
「あ、ごめんごめん。なんかちょっと急に現実感が湧いてきたっていうか」
「現実感? 私はここ数日、ずーっと悪夢みたいな気分だよ。それでも付き合ってるんだから、ぞっちゃんはしっかりしてよね」
「ええー。私と一緒に番組に出るの、そんなにいやだった?」
「ああいや……、そういうことじゃないんだ。ええと……、予想外だったから現実感が無いってこと」
言わせちゃったなー、という感じはあるけど、仕方ない。
聞かないでいたらさーちゃんは建前でも「番組に出るのが嫌じゃない」って言う機会がなかったってことだもんね。もう来ちゃったんだから番組に出ないわけには行かないんだし、どうせなら絶対に出たくないなんて思わないでいる方がいいに決まってる。
嘘は良くないけど、楽しいって口に出すとそれだけでちょっと楽しくなる。
最後に一回さーちゃんをぎゅっとしてから、手を離す。
ぎゅっとした時に、さーちゃんが「ぐえっ」とかいううめき声をあげていたけど、潰れるほどじゃなかったから大丈夫だろう。
友情や愛情はときどき痛い。そういうものだよ。
* * *
18:15
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「それじゃあさよ〜なら〜。あっ、そうだ。この配信が面白かったら好き評価と、よれひ〜チャンネルのお気に入りの登録もお願いしま〜す。じゃあ最後はハルルも並ぼうよ。あ、カメラお願いしていいですか?」
ハルルをカメラの前に呼んできて、さーちゃんと並べて桜さんに撮ってもらう。
私は少し時間を見てカメラから外れ、配信機材に寄っていく。実際の配信画面で確認すると、さーちゃんとハルルはカメラを見ないでよそ見をしている。というか、私の方を見ているんだろう。
いまは桜さんが持ってるカメラのマイクに入るように大きめの声で「見てくれてありがとう」と言い終えてから、勢いを失わないうちに配信停止ボタンを押す。
エンディング画面的なものもなにもないぶつ切りになってしまったけど、エンディング画面を出すやり方もわからないから仕方ない。
桜さんにカメラをお願いしなければその辺りは適切にやってもらえたんだろうけど、途中でカメラをお願いしちゃったんだからもう仕方がない。
ディレクションというのを決めたのはこういう理由だったんだね。
* * *
ぶつ切りの乱暴な終わり方だったけど、お部屋紹介での十五分の配信は大成功だった。
ハルルにカメラを持ってもらって、私とさーちゃんで大きな部屋と私に割り当てられた部屋を見て回るだけの内容だったけど、さーちゃんのおかげで面白くやれたと思うし、コメント確認してみると評判もちゃんと良いみたいだ。
もちろん、細部の粗はいろいろ目立つらしくていっぱい指摘されている。
でも、普段なら自分に来るはず無いぐらいのたくさんのコメントを読めて嬉しかった。
その後よれひーさんとお金の話をした。
お部屋紹介の番組の半年分の収益の一割という話だったんだけど、やっぱりお断りした。急に思いついてやらせてもらったことだし、なにより自分の番組用の映像も撮らせてもらったので。私の番組は収益がどうなるかわからないから、その映像を無料で使わせてもらうことと、桜さんに謝礼を支払う見込みを立てることもできないから、お断りした収益から桜さんに充分なだけ支払ってもらうようにお願いした。
「そんなに大きな金額になるわけじゃないけど、言ってくれたものに当ててもだいぶ余るよ」と言ってもらえたけど、よれひーさんの番組でここまで連れてきてもらって、その一部分のメイキング映像をスタッフさんに撮影してもらうのはけっこうなズルだと思うから、お金のやり取りは無いほうがいいと思う。
「私もいつかは自分のチャンネルをやるつもりなので、それが軌道に乗ったらその時にまた雇ってください。その時にはちゃんと収益ももらいますから」
「そう言ってもらうのは嬉しいんだけど、それが普通になっちゃうと、こんどは君たちのような駆け出しの子を無料で使うのが当たり前になっちゃったりするんだよ。うーん……。企画内企画であることとか、映像使用の件とかについてもあるから、全体としては分かった。ご希望に沿うようにするよ。でも、無料でやったっていうのは他の所では黙っててね」
「わかりました。守秘義務ということにします。希望を聞いてもらって、ありがとうございます」
「世の中、悪い大人も居るから、騙されないように気をつけてね」
最後に言われたよれひーさんのこの言葉は、あまり温かい気持ちで言われている雰囲気ではなかった。無料でやるのはたぶん本当に歓迎できないことなのだろう。
つまり私のわがままを聞いてもらった事になる。
思いつきで配信をするより、お金を貰わないでいる方がわがままになる場合もあるんだね。これはこの先、配信を続けていくなら大事になることなんじゃないかと思う。
こういうのは本当の配信現場じゃないとわからないことで、やっぱりやらせてもらって良かったなぁ。




