……7月28日(木) 14:30 三日目:赤羽池袋間路上・到着間近
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第十一章 徒歩で行く新世界。そこは池袋。
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「それを言ったら秘密にならないんだよ。とにかく、私はここまでだから。それじゃあ!」
そう言ってやちよちゃんは脇の森に分け入っていく。
機会を伺ってたのに、声をかけられなかった……。
しかしそれにしても、こんななんにもなさそうなところで突然、しかもそのままの軽装で森に分け入っていくのか……。木が大きいから低いところは簡単に通れるし、ジャングルじゃないから稠密すぎて人が通れないというほどのことはなさそうなんだけど、それでもそのへんに引っかけちゃったりしないか気になる。夏だから葉っぱも多いし。
やちよちゃんが通っていった場所の足元を見ると、踏み分け道が付いてるってわけでもなさそうで、思いついてその辺で脇に入っていった感じにしか見えない。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
カメラを持ったままのよれひーさんが追おうとするけど、「そこに溝があるから危ないよ!」とやちよちゃんが奥の方から大声で注意してくる。よれひーさんは確かに足を取られて転びそうになる。
「慣れてないと通れる道じゃないから、付いて来ちゃ駄目だよ!」
昨日今日のほんの二日のことだけど、せっかく知り合ったのに私の意地悪で急にお別れになってしまうのは申し訳ないし寂しい。それに、こっそり言われた相談のこともある。
「やちよちゃん! ごめん!! これでお別れ? また話せる?」
「近いうちにまた会うから、その時にねー!」
え?
そんなの、心当たりはないけど……。
「な……、なんか予定があるんですか?」
と、川口さんに聞いてみたら、知らないとのこと。とはいえ、企画関連はよれひーさんが腹の中で握ってることもあるから知らないだけかもとも。
でも、よれひーさんに聞いてみてもやっぱり知らない。曰く「ガイドも別の人が来てくれる話だったから、あの時に確認取ったぐらいだし、本当に突然現れた感じなんだよ。だから、やちよちゃんについては僕もなにも知らない」だ、そうだ。
なんだこれ。どう思えばいいのか。
やちよちゃん、なんだったんだろう、あの子は。
まぁ待っていたら、最初の時みたいにまたふらっと現れるのかもしれない。
やちよちゃんを追うべきかどうか、スタッフさんとよれひーさんで協議している。私も同じ場所に立ち会っては居るけど、特に言うことはない。というか、全員で行くのでなきゃ絶対にはぐれるだろうし、危険だろうなとしか思わない。そのあたりのことは私が言わないまでもみんな分かってるらしいからあえて口に出す必要なんて無い感じだし、ゲストの身の上でなにかを言うとしたら事実上のリーダーであるぞっちゃんの役目だろう。そのうえ更に、この場では私達はゲストである上に年齢的に被保護者という扱いになっているようなので、口出しする権利がそもそもほとんど無いように感じる。
そんな感じで、私達レザミ・オリセもなんとなく寄り集まってぼーっと協議を聞いているような事になった。どんな会話にも加わりたい系の人間であるぞっちゃんもさすがに口は出しにくいらしくて黙っている。それでもいちおう真剣に聞いている様子だ。まぁ、憧れのストリーマーのよれひーさんにいいところを見せたいんだろう。
ハルカちゃんと私はもちろんそういう動機もなく、私は手持ち無沙汰で襟元をいじいじしはじめた。いつもなら付けてないようなブローチの重みで首元にあるのが気になり始めてきた。
「あ、そういえば」
「どうしたの?」
小さい私の呟きに、ハルカちゃんが声を掛けてくれた。
「ああ、いや、やちよちゃんにスカーフ渡したまんまだったなって。ブローチはあるけど……」
「あ、ほんとだ」
「あとでぞっちゃんにゴメンしなきゃ……」
「佐々也ちゃんにくれたものだから、あんまり気にしないと思うけど」
「貰った当日になくしちゃうのは、さすがの私でも申し訳ないよ」
気がつくとぞっちゃんが無の顔でこっちを向いていた。
明るくて表情の豊かな子だから、無表情だとなんかすごく怖い。
「あ、ぞっちゃん?」
「しー」
呼びかけたら口の前に人指し指を立てて静かにしての合図。
気がつくと、よれひーさんたちの協議の方に注意を向け直していた。
いままでもまぁまぁの小声だったんだけど、さらに声を潜めてハルカちゃんに聞いてみる。
「あのスカーフは、ハルカちゃんが探す当てにならない?」
「無理。単なる布だから」
「そっか……」
あとはひそひそ声でまで話すようなことはなくて、協議が終わるのを待つしかなかった。




