……6月21日(火) 15:40
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第二章 遙か彼方のあの星の流転の果ての悠久の……
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……ゴジはあんまり、というかまったく荒っぽいことが得意じゃないタイプなのを考えに入れても、背の高い男子が華奢な女子に掴みかかって全く効果なしな光景にはなかなかの緊張感がある。
「……これを見てて?」
天宮さんは涼しい顔のまま、ゴジに掴まれているのとは反対の手で私の掌中から彼女自身の髪の房を取って、その場で自分の薬指に髪の毛を何本か軽く巻きつけた。もちろんその間、私を掴んでゴジに掴まれている方の手はビクともしない。
その状態で髪の毛を巻きつけた方の手をひゅっと軽く引っ張った。
銀色の髪の毛は色味のせいでいくらか見えにくいけど普通よりいくらか太いらしくて、空中に伸びる毛筋が見えなくなってしまうことはない。
手の動きに合わせて髪の毛が動き、引っ張られて真っ直ぐになる。
張力がかかったことで髪の毛が捻られて回るのか、ピンと張った銀の髪に光が反射してキラキラした。
綺麗だ。
長い髪の毛は見てる分には素敵で良い。色もキラキラしていてきらびやかだ。
天宮さんは髪の毛をまだ引っ張ってゆく。髪の毛に掛かるのと同じだけの力が薬指の方にも掛かり、巻きつけている部分の周りが凹んだのが見えた。
そしてそのまま、髪の毛の長さが許す範囲を超えて天宮さんは手を動かし続けた。
これは髪が抜けるやつ。
と思ったけど、あにはからんや。
髪の毛が抜けたりはせず、代わりに髪の毛を巻きつけた薬指が切れた。
表面の皮が切れて血が出るという生易しいやつじゃなく、切断された。
しかも、血が出ない。
狙ったわけでもないのだろうけど、切れた指先がボトッと落ちて私の掌に乗っかった。
「は?」
「ちょっ、なっ!」
天宮さんの顔に目を向けると、ニコニコしている。
顔は相変わらず可愛いけど、そういう事じゃない。
「ね?」
整った顔を笑顔に作って「ね」とか言われても、なにも同意できない。
「私、人間じゃないの。この髪の毛も金属で細いから、引っ張ると危ないのよね」
「……は?」
目の前のできごとを上手く説明する言葉ではあるけど、なかなか上手く頭の中でつながらない。ゴジは声も上げられず、硬直している。
硬直している私達をしばらく眺めてから、天宮さんが笑顔で口を開く。
「えーと……、できれば四時前に場所を変えたいんだけど、いい? 私のことが信用できないのは仕方ないとは思うんだけど、その、もし暴力に訴えるつもりがあったらとっくにやってる……けど、これまで無事なんだから、ある程度は大丈夫そう、みたいな感じで……。その、神指くんの心配には、そんな感じで答えられたと思うんだけど……」
ゴジが天宮さんに話しかけられて、脂汗を垂らす。顔面の整った天宮さんはどことなく恥じらいながら喋って、最後にニコッと微笑みかけている。絵面だけなら眼福なんだろうけど、真正面から視線を受け止めているゴジは全く嬉しそうでなく、むしろ青ざめた顔でガクガクと首を縦に振っている。
これはゴジの反応が正しい。
「天宮さん。……血は?」
「出ないのよ、これが。私の体ってちょっと人間と違うというか……」
ちょっとか?
違うのには異存はないとしても、ちょっとか?
「まったく違うような……」
「似てるところもあるんだよ、本来。でもその辺は長くなるから、もう少しゆっくり話せるところで」
私が髪の毛の束を手放したのでもう掴んでいる必要がなくなったのか、手首を開放してくれた。手のひらに落ちてきた天宮さんの切り落とされた指を摘んで恐る恐る断面を見てみる。
人間なら肉とか骨のある部分には内部構造がある様子でもなく、外皮と比べて密度が低そうな感じではあったけど、それだけだ。
あえて言うなら表面の塗装が分厚いフィギュアの断面みたいに見える。
「……あのこれ、指はどうすれば?」
「あげる」
これをですか……。