……7月26日(火) 17:30 一日目:マルシチ赤羽店
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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「いらっしゃいませー。じゃあ、ゆっくりしていってください」
奥から声だけでオーナーさんが返してくる。
「はい! ありがとうございまーす、お菓子買わせてもらってまーす」
「うちの商品は外地と同じでちゃんとしてますから、安心してもらっていいですよ」
むしろ安心じゃない商品ってどんなだ……。
って、これは言ったらお店の印象が悪くなるやつだから言わないでおこう。
「じゃあ、お買い物を続けましょうか」
やり取りの様子からオーナーさんは出てこないと判断したのだろう。
よれひーさんが進行を促したら、ぞっちゃんはすかさずそれに答える。
「えーと、ここって電子マネー使えますか?」
「さーせん、電子マネーは無理なんっすよ。現金でおにゃしゃーす」
「はーい」
といってぞっちゃんがお財布を出そうとしたところにやちよちゃんが割って入った。
「あれ? 前に電子マネーで払ったって聞いたことあるよ?」
やちよちゃんが奥のオーナーに向けて聞く。
バンドウくんと呼ばれたレジのお兄さんは「しゃーせん、使わないように言われてるんで」と断りの言葉を言っている。
そんな会話をしていると、奥から声が聞こえてきた。
「すいません! いま使えないんですよ! 調子悪いってことなんで、手持ちが電子マネーしかないようならお代金は結構です! 私がオーナーだからなんとかしておきます!」
レジの会話が聞こえていたのだろう、オーナーが声だけで答えてくれたようだ。
オーナーの声はどことなく怪しい感じ。
なにかを隠しているのかもしれない。
なぜオーナーが姿を見せないのか? もしかしたら猟奇な姿をしていてカメラの前に姿を現せないとか?
気になる。
けど配信中だから、本当に都合が悪かった時にこの場で披露されてしまうのは良くない気もする。なにより東京だから、私が知らない事情なんかもいっぱいあるんだろう。
「え? ほんとですか!」
と言いながら、ぞっちゃんはちゃっかり奢ってもらう気になっている。
まぁ、お菓子をただでくれるっていうんだから、貰う方がお得だ。それに金額も倍になってたからお小遣い的にも割と痛手になっていたのもわかる。
なにより、ぞっちゃんはこういう好意をすごく素直に受け取る方だ。
それでいつかお返しをしたり、他人におすそ分けをしたり。
「そんな! 悪いですよ! 僕の手元には現金もありますから、お支払いします」
でも天の声のよれひーさんは、オーナーの申し出をお断りする。
ぞっちゃんは「しまった」みたいな顔をしている。
とはいえ会話の主導権が移ってしまったので口も出しにくくなってしまった様子。
配信中であれなんで、ここは場を和ませるために私が一言なにかを言わないと……。
えーと。
「やったね、ぞ……みーちゃん。儲けたね」
「あ、いや、でも、悪いよ……」
かける言葉を間違えた……。
とっさに思いつかなかったとはいえわざわざ地雷原に飛び込んだ感はある。でも、とっさの発言って直前に考えていたことにどうしても発言が引っ張られてしまうんだよね。ちょうどこの事を考えていたところだったから、これは仕方ない。
「けんちゃんお支払お願い。じゃあ、配信のまとめに入りましょう。ちょっと一旦、外の少し広い場所に移動しましょうか」
よれひーさんが後ずさって、けんちゃんさんがレジに支払いに行くところをカメラに入れつつ、コンビニの入り口から出ていこうとしている。「はーい」と言って、ぞっちゃんはけんちゃんさんを気にする素振りを見せながら、カメラを追って一緒に出ていく体勢だ。
やちよちゃんは「私、支払いの現場を見に行くね」と、私にだけ耳打ちしてレジに向かう。
一度に色々なことが起こってしまったので、私はどうしようか迷う。思考に引っ張られて、カメラに付いて行くはずの足が止まってしまう。
気持ちだけならやちよちゃんが気にしていることを確かめたいんだけど、いまは配信中だからそっちに行くべきなんだろう。そもそも気になってるのが東京のしきたりの話だから、あとから事情を聞くだけでいいのかもしれない。ああ、どうしよう。




