……7月26日(火) 17:30 一日目:マルシチ赤羽店
諸々が千々に降下してくる夏々の日々
第一〇章 未知なる土地に辿り着き、なんだかやたらと緊張している。
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「棚に物が並んでるだけだと思うけど、なにか独特なの?」
ぞっちゃんの感想にやちよちゃんが素朴な疑問を挟む。
顔の向きを見ると、私にパスが渡されたようだ。
「あー、そうだね。なんというか、コンビニの棚とかってだいたいどこでも似たような感じなんだよ。足元から目の高さぐらいまで陳列できる似たような形の棚が並んでる。そういうのが私達がよく見るコンビニの内装なんだけど、このお店は膝ぐらいの高さから棚が始まってるとか棚の高さがもうちょっと高いとか、確かにちょっと見慣れたコンビニの感じと違うところがあると思う。どっちかって言うと棚の感じは本屋さんみたいに見えるかな。並んでるのは本じゃないけど」
「そうなの?」
「私が見ると、だけどね。別にコンビニに詳しいわけじゃないし」
「へー。そういうコンビニも見たことあるけど、そっちが普通なんだ……」
「やちよちゃんは東京の外にはあんまり詳しくない感じ?」
「生まれてこの方ずっと東京だから、外のことはあんまり知らないんだ」
「そっか」
なんと言って返せばよいのか。
かわいそう、と反射的に思ってしまったけど、本人がそう思ってないならその言い方はさすがに侮辱だろう。だからちょっと自分の考えの角度を変える。
「東京の外に住みたいって思う?」
「……どうかな? そう思う日もあるよ。でも、いつもってわけじゃない。東京の暮らしがひどく悪いわけじゃないし、良いところもある」
「そういうもんなんだね……。私も田舎暮らしだけど、特段引っ越したいわけじゃないもんな。時々ならそう思う日もあるから、おんなじだね」
「あー、なるほど。田舎暮らしなのか。人がすごく少ないところ?」
なるほど?
言い間違いかもしれないし、聞き返すほどじゃないんだけど、やちよちゃんの相槌が腑に落ちない。
「限界集落ってほどじゃないけど、単独で学級が成立しないぐらいのところではあるね」
「なるほどねぇ」
やちよちゃんがぼんやりと私の方を見て何かに納得している。私と目が合うわけじゃないから、私を見てるわけじゃない。何を見てるんだろうか。
私の周りにある何か……。背後霊とかかな?
あと心当たりがあるとすれば……。
とか気が散っているうちに、気がつけばぞっちゃんとカメラは連れ立って進んで私達の前の方で店内を見て回っていた。コンビニらしく狭い店内だし、カメラを追い抜いてまでぞっちゃんに追いつくのを急ぐでもないだろう。
もう少しやちよちゃんと喋っていようかな。
「やちよちゃん、イルカじゃないよね?」
「え? 違うよ? なんで?」
「なんか変なとこ見てるから。知り合いのイルカの男の子がそういう感じだったんだよね」
これはそんなに正確な言い方じゃない。
叡一くんはよそ見をしながら喋るというタイプじゃなかった。けど、人間の私達に見えていないものは見えていた。やちよちゃんも、どうにもそういう私に見えないものを見ているようなところがあるように思える。
「へぇ、イルカの知り合いが居るんだ」
「この前、学校に転校してきたんだ。珍しいよね」
「うん、珍しいね。でも佐々也ちゃんには、珍しいのは珍しくないんじゃない?」
「え?」
ドキッとする。確かに人外の知り合いは多い。
なんと答えようか……。
やはりこの子にはなにか見えているんじゃないか?
「さーちゃん! お菓子ここだよ! 選びに来て!」
あ、呼ばれてしまった。
「ごめん、いま行く!」
よれひーさんのカメラはぞっちゃんの側にいる。
私とやちよちゃんのいまの会話は映ってなかったはず。
「さーちゃん、どれにする?」
「うーん、そうだなぁ」
ぞっちゃんの目の前の棚を見ると、確かにお菓子の棚だった。
スナック菓子とキャンディー類とチョコ・クッキー類、和菓子なんかもある。それぞれ少ない種類で少量づつ、定番もあるし定番チョコのマンゴー味みたいなすこし好みの強いものもとりどりに揃っている。陳列も、コンビニらしく小さい所にきっちり並んでいて、それっぽい。うちの近所の万屋の鶴ヶ商店なんかとはやっぱり雰囲気が違って、こういうところはコンビニという感じが出ている。
商品の種類も、特別なこの場所だけのものというよりうちの近所で見慣れたものと同じ。




